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日の名残り




カズオ・イシグロが今年のノーベル文学賞を受賞した。

イシグロといえば、90年代初頭、ジェイムス・アイボリー監督によって映画化された「日の名残り」を見て親友と熱狂した夜をすぐに思い出す。

なぜ熱狂したかはわからなかった。熱狂とは対極にあるような内容だったのに。

わたしたちはこの映画の何かに深く打たれた。


その理由は今わかる。
あれが「失われつつあるもの」をテーマにした映画だったからで、わたしたちはあの時、若さの中で、われわれは常に確実に何かを失いつつあるということと、文学や映画の役割に気がついたからだ。


「失う」ということは、何かが完全に無に帰してしまう状態とはまた別の現象だ。
失うとは「何かがそれまでとは違う状態で存在するように変化する」、そんな現象だと思う。

何度かここにも書いたが、わたしが旅を趣味としているのは、さまざまな文化のさまざまな「美」を見せてもらいたい、という強い好奇心に突き動かされてのことなのだ。

そして(めっちゃ端折るが)どの文化も、美とは、失われゆくもの、失われてしまったもの、もうここにはないもの、あったかもしれないものを、まるで目の前にあるかのように、触れることができるかのように、聞くことができるかのように描写することだと語っている、と思う。


完全に消えてしまったものに対しては人間は懐かしんだり、惜しんだり、悲しんだりすることすらもできない。
が、それまでとは違う形や状態をとって存在するようになってしまったものに対しては強いエモーションが起動する。そういったものを、まるで実際に存在するかのように再現することが美であり、芸術一般の役割なのではないかと思う。


神戸で親友に会えるのがほんとうに楽しみ。



(写真はシチリア島の日の名残り。この島は失ったもの、つまり美であふれている)
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