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喫茶モエのママが語る一神教 前編
前回の「付喪神」での予告通り、「喫茶モエのママが語る一神教」の前編です。
中編
後編
......
一神教といえばユダヤ教、キリスト教、イスラム教。ここでは母体になったユダヤ教のことを取り上げる。
ユダヤ人が歴史に姿を現した時期は、大雑把に紀元前2000年くらい。
約4000年前の話だ。
ユダヤ人は定住民でも遊牧民でもなく、どちらかというと社会からはじきだされた人々の小グループだった。
その頃の中東エリアでは、列強が威勢を誇っていた。
バビロニア、アッシリア、エジプト、シリア、フェニキア、ヒッタイト...などなど。肥沃な三日月地帯に発生した、文字通りの「大河」ロマンですな。
しかし現代では、バビロニア人もアッシリア人もヒッタイト人も、博物館に「ツワモノどもの夢の跡」を残すのみで、完全にどこかに吸収され消えてしまっている。
強国が約1700年の長きに渡って互いに攻め合い滅ぼしあっている間、ユダヤ人らは流浪の民になり、奴隷にされ、捕虜にされ、戦争の犠牲になった。
紀元前900年代にイスラエル統一王国を築いた(有名なダヴィデ王やソロモン王の登場)ものの、30年ほどで分裂。再び捕虜として連行される。「追放の身となった捕虜たちは滅びてしまうのが常であった。肉体的に滅びるという意味ではなく、一つの民族として存続しなくなるという意味」(マックス・I・ディモント、藤本和子訳『ユダヤ人 神と歴史のはざまで 上』59P)だったが、しかしユダヤ人はその困難を生き延びた。
その後、一旦「故郷」カナーンの地に戻ったのもつかの間、紀元前300年代にはギリシャ・ローマの時代がやってくる。
ギリシャが触れたものは全てギリシャ化した偉大なヘレネス文化の時代だ。ギリシャを征服したローマでさえ、ギリシャ化からは逃れられなかった。
そして望月の欠けたることもなしに見えたローマ帝国でさえも滅ぶ日が来る。
しかしユダヤ人はユダヤ人として再び生き延びた。
次にやってくるのはディアスポラ(離散)...
と、ユダヤ人がサバイバルしてきた過酷な時代を挙げていったらキリがないのでここらでやめておくが、とにかく彼らは現代に至る4000年間を生き延びた。
生き延びただけでなく、ノーベル賞の受賞数が突出しているとか、ハリウッドはユダヤ人だらけだとか、優れた芸術家、科学者、ビジネスマンにはユダヤ人が多いとか、果ては世界を牛耳っているのはユダヤ人だとか...
へえ、すごいねえ。で、なぜそれが可能だったの?
大きく、二つの理由があるといわれている。
一神教
不可視の神
を信じていることだ。
いかがでしょう、下手クソな説明ですが、少しだけでも興味を持っていただけたでしょうか?!
次回からは一神教と不可視の神についてもう少し詳しく見てみよう。
参考図書は
マックス・I・ディモント、藤本和子訳『ユダヤ人 神と歴史のはざまで 上下』朝日新聞社 1984年
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