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今日 希望と寛容




出会う人、出会う人に、「日本、大変なことになってるね...」と言われる。言葉が出てこない。

15年前の阪神淡路大震災の後、わたしが神戸出身だと知ると、必ず「震災、大丈夫だった?」と聞かれたものだ。ついこの間まで。
わたしはこの質問をされるのが嫌だった。


でも、今、わたしも同じようなことしか言えない。
「ご無事ですか?」「力になります」



神戸の避難所の人々の間に、なんとも言えない種類の明るさがあったのを覚えている。

人間はこんな状況でも助け合って生きて行けるのか、と有り難くてしょうがなかった。

絶望的な状況の中で、足元からひとつずつ拾い上げて行く行為ほど尊いものはないと思った。


また、物の儚さ、にあきれた。
家も、芸術品も、クリスタルのグラスも、ブランド物の装飾品も、果ては自分の赤ちゃん時代のアルバムも、物はすべて儚い。
反対に、思いやり、やさしさ、知性、前向きさ、明るさ、行儀の良さ礼儀正しさ、思い出、そういったものはどこにでも持ち運びすることができ、朽ちることはない。


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