日本・ベルギー・英国 喫茶モエ営業中
Brugge Style
足下の豆を拾え
去年末に書いたことに関して、友人と語り合った。
彼女はその記事を読んで、「私はまず自分が成功したい。幸せになりたい。自分が成功してから余裕を持って他の人を助けたい」という意見だ。
議論するつもりは全くない。物事のやり方はみんな違っていて当然なのだから。
わたしの意見はこうだ。「いつか痩せたらおしゃれをする」「いつか自分の家を建てたら美しい生活をする」「いつかお金持ちになったら寄付をする」と、今の自分ではない未来の自分(つまり他人)に何かをさせるのではなく、今この瞬間、今のこの状態の自分から何かを始めることこそが小さな幸せにつながるのではないか、と。
もちろんわたしは去年末の記事の中で「成功しようとするな」と言っているわけではない。
でも、技術を売るにしろ、物を作るにしろ、何かを教えるにしろ、自分の成功や、名声や、賞賛を求めるだけでは、「幸せ」にはなれないのではないか。
やはりそこには人に対する気遣い、何かを贈る気持ち、共存共栄の気持ちがなければ、と思うのだ。
ええ、オマエが言うな、という感じですけれど...
格が違うが、娘が宿題で取り上げていたインド人の男性の話を(CNN1/2のニュース)。
彼は欧州で有名ホテルのシェフとして将来が約束されていた。ある日、インドに帰国して寺院を訪れたとき、高齢の路上生活者を目の当たりにして彼は大方向転換をする。貯金数千ドルを元手に、路上生活者に食事を提供するというボランティアを始めたのだ。
彼はこう言うこともできただろう。「欧州で十分働いて十分な貯金と十分な準備ができてからシェルターを建てる」と。
しかし彼はすぐに始めた。
今すぐに自分のできることで他の誰かが少しだけ幸せになれる、それよりも自分自身を幸福にできることは決して多くないと思う。
「足下の豆を拾え」という有名な格言を弄んで、「(ジャックと豆の木の)豆の木が天まで届くのを待っている間に」と蛇足しておこう。自分のために。
「(ジャックと豆の木の)豆の木が天まで届くのを待っている間に、足下の豆を拾え」
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
