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j.s. bach








ミラン・クンデラ(裏切られた遺言)によるバッハ。

「バッハのフーガは存在の主観外的な美を表現させることによって、私たちに自分の気分、情熱と悲哀、自分自身を忘れさせたがるのに反して、ロマン派の旋律は私たちを自分自身のなかに沈み込ませ、恐るべき態度で私たちの自我を感じさせ、外部にあるいっさいのものを忘れさせたがるかのようである。」

娘がバッハをしつこくしつこくしつこく練習しているのを階下で聞いていると、いつも思い出すのだ。さすがクンデラ(わたしは彼の愛人志願をしている・笑)。


わたしが子どもの頃からずっと興味があることは「われわれは何者なのか」「われわれは世界をどう説明するか(あるいはどう説明したから人間になったのか)」につきるのだが、最近はキッチンで単純作業などをしながらバッハの断片を何度も何度も聞いて、絶対美についてとかそんなことを考えている。つまり、同じ曲の同じ断片を何百回と聞かされて頭がおかしくなりそう、ということです。

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