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宇宙人であるとはどのようなことか




わたしはサイエンスフィクション映画(他、娯楽一般)には興味がない。

たとえばスター・トレックやスター・ウォーズには「宇宙人」が大勢出てくるが、彼らがあきれるほど「地球人」と同じ趣味趣向性癖欲望を持っていることが全く理解できないのである*。

と、いうのが理由の一つ。



小学生の頃、教室の備品(黒板とか、机とか)になりきって作文を書くというお題が出、子どもとしては作文を書くことを比較的得意としていたにもかかわらず、完全に「書くことがない」という不調に陥ってしまった記憶がある。

「私は教室の椅子です。子どもが私に座って勉強してくれるのが私の誇りです...」などという出だしが推奨されたわけだが、しかしわたしは「なんで椅子が人間のお母さんみたいなことを言うのん?!そんなわけないやんか」と、強情を張り、そういうことをとつとつと書いたら「もっと素直に書いてみましょう」と、評価された。



なぜこんなことを書いているのかと言うと...

先日、王立美術館で、宗教画に描かれたエルサレムの街が中央ヨーロッパの街そのものであったり、キリストが北方のコーカソイド型であったり、聖母マリアの衣装が中世の王侯貴族のそれであったりするような「不思議」をたくさん見たからかもしれない。これを「メシア的時間」と言うのか。


こういう...人間の無邪気な独善性の光と陰にあらためて驚いたわけです。
人間の想像力は神業に近い飛躍もすることがあるが、一方で何かを表現するときには必ず(人間であるが故の)制限があり、でもその制限があるからこそ表現が可能であるという...



宇宙人であるとはどのようなことなのでしょうね。

あなたがあなたであるとはどのようなことなのでしょうね。わたしには想像もできません(いや、ちょっとはできるが)。





*もちろんわたくしも「訓練された鑑賞者」であるからして、サイエンスフィクションの中では宇宙人とて英語を流暢に話す、などという約束事は息をするように受け入れられる。
その一方、壮大なセットや特殊メイクを施して大掛かりなサイエンスフィクションを背景にする必要があるほど宇宙では未知のドラマが展開されているわけでもなし、話の筋はソープオペラと変わらへんでしょ?!ということが言いたかったりするのである。
こういうことをサイエンスフォクション好きの夫に言うと、気の毒そうな目で見られる(笑)。



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