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Brugge Style
人生の秋
学生時代の友人が、ブルージュへ立ち寄ってくれた。
当時、わたしは常に飲みながら、彼は常に素面で、真夜中過ぎまで話し続けたものだった。
いったい何をそんなにしゃべることがあったのか、今となっては断片すら思い出せないが、若さとは自分についてしゃべることである。特に酔っぱらいは自分の話しかしないものだから、おそらくわたしは糸を吐き出すように延々と自分の話をしていたのに違いない。
それから何十年という月日が経ち、われわれは晴天のブルージュで顔を合わせた。
今、共通の話題が何一つないということに気がつくのに、それほど時間はかからなかった。
学生の頃に比べたらわたしは格段に外出しなくなったし、学者と話す機会も減ったし、映画も見なくなったし、もしかしたら世界や自分に対する好奇心も減ったのかもしれない。つまり、わたしにおもしろみがなくなったのかもしれない。
たとえそれが寂しい現実であったとしても、わたしたちの間に広がる手の置き場所がないような感じはいったい何だったのだろう。
時間が来て、わたしは彼とザンド広場までそぞろ歩いた。
駐車場の入り口の前で別れを口にしたとき、
もう2度と彼に会うことはないだろう、と思った。
思えば、小学校のときにあれほど仲が良かった友だち、憧れた男の子、双子自己対象だった高校の同級生、大好きだった先輩(女性)、一緒に大人になったガールフレンド
人は別れる。
夏を飛び越えて秋が来たような。
と申しますか、わたしの人生は秋に突入したという感がする。
それもいいものである。
そこしうらめし秋山われは。などと言ってみる。
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