夜の色

絵に興味を持ち始めたころから、なぜかゴッホは苦手だった。
うねうねと厚い絵の具がこってりとしてラインも荒く、
なにより彼の黄色が発するエネルギーが襲ってくるようでとにかく疲れた。

それだから『星月夜』に感じた "静なるもの"、
この絵の青で印象が大きく揺らいだおかげで
ゴッホとはどういう人間なのか、画家の方に興味を持つことになった。

貧しい人に自分の衣類や家財を与えつくし、
みずぼらしい身なりをした若き見習い牧師の献身さは
イメージを重んじる教会に理解されることなく狂気と誤解され、
聖職者としての道を断たれてしまう。

やがて宗教画を描き始めるけれど、
強すぎる信仰は表現できず、そのもどかしさが精神を追いつめてゆく。

それで次に彼が絵の題材に選んだのは、神が創造した "自然" だった。
ところが太陽の描写やその象徴 "黄" を描くことは
極限までエネルギーを使う作業であるため精神病の発作の誘発し、
たとえば「ひまわり」を描いた後などは
絵の具を飲み干すようなひどい発作が起こったらしい。

『それでもなお、僕はやはり、信じるものがどうしても必要だと感じる。
 そんな時、僕は、夜、外に星を描きに出る。』
(弟宛の手紙から)

そのとき図書館で借りた本の題名は忘れてしまったのだけれど
ゴッホの生きた様子が切なく駆け抜けたことをよく覚えている。
(記録を残すくらい感動したらしいのに題名を残していない間抜けさ…。涙)

信仰にも人間関係にもむくわれないまま
彼が晩年にいきついたブルーは
そこにたどりつくしかなかった闇を含んだ青、
太陽でも、希望の青空でもなく
遠くの星々あるいは間接的な光、そして夜空の色だった。

ベクトルが定まらず、また、受け止められることもなかった
どうしようもなくあふれる感情は、
閉じ込めることでコントロールされたとき結晶化して
夜をサファイアのように輝かせた。
私はそれに、知らず知らずに惹かれていたのかもしれない。
(それでも硬度No.1のダイアモンドにはなれないのがまた切なくてよい。)

青といえばフェルメール、
ラピス・ブルーの幸福な色と柔らかな光が私は好きだけれども
時を経てもなお悲しい情熱が封されている作品は
やはり観る者の胸をうち、心のどこかを照らす傑作だと思う。

…今日、久しぶりに青いゴッホの絵を観たら
『星月夜』を観たときの気持ちを思い出した。

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『星月夜』ヴァン・ゴッホ
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