キャラメル味

映画を観よう
遠く離れた映画館に行こう、と
急に思い立ったのはいいが
おかしな意地でナビは封印、地図を膝に載せて約2時間走った。

目指す映画は『マイ・ブルーベリー・ナイツ』。
BGMは、もちろんノラ・ジョーンズ。

方向音痴の曖昧な記憶も意外に役に立ち、
予約チケットを発行したとき時計は開始15分前。
なにやら大人になった気がして ←○十路過ぎてやっと!?
階段を上るとき姿勢がよくなっている自分に気づいて笑えた(笑)。
キャラメル味のポップコーンを抱えて、いざ!

さて
この映画は、距離をテーマにしたもの。
それは、人と人の距離、心であったり、実質の距離であったり…。

恋を失ったノラ・ジョーンズ演じるエリザベスは
捨てきれない古いものと新しいものへの戸惑い
その両方を持ったまま
長い長い「遠回り」をすることを決めた。
出かけた先で出逢う人たちそれぞれの遠回りと想いに触れ、
自分と重ねながら
彼らが自分を客観的に映し出す「鏡」であることに気づく。

人との出会いは、自分を知る旅でもある、ということ。

「遠回り」の意味にエリザベスが気付いたとき、
新しい世界の扉は開き
彼女は元の場所(でもそれはきっと新しい場所)に戻っていく。

扉の鍵を持って待つのは、いつもの席とブルーベリーパイ
そして、ジュード・ロウ演じるジェレミーだった。

カーウァイ監督の世界観は、こちらの想像に任せる心理描写が多く
あれこれと考えながら思い返す余韻がいい。
おそらく、監督のアジア人的感性と
ノラ・ジョーンズの不思議な魅力
出演俳優たちの存在感、それらのせいもあるのだろうけれど
わたしには大命中した作品だった。

不器用で世渡りの下手なエリザベスが、NYに戻る道のりを
晴れやかな顔で運転しているのが、とても印象に残った。

彼女のブルーベリーパイの味は、旅に出る前後で変わったのだろうか?

ずいぶん遠くまで来られるようになったなぁ、と
パーキングに向かいながら嬉しくなり、また背筋がのびた。

なんとなくクロワッサンを買い
なんとなく来た道とは別の道を選んで、春の街を寄り道することにした。
(迷ったともいう…わたしの旅は相変わらずグダグダだ・笑)

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ノラ・ジョーンズの声とキュートなその姿はもちろん
ジュード・ロウの英国訛りの英語がとても心地よく
そしてレイチェル・ワイズの美しさにうっとり
ナタリーポートマンには、貫禄すら感じた。
ジュードが待っててくれるならいつでも旅に出ますよ!(笑)
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復活祭

昨晩は、幼稚園児からの幼馴染と飲んだくれ。

美人で聡明、さらには優秀な専門家の、自慢の友。
ちょっと敬遠しそうな非の打ち所のなさなのに、
わたしの友だけに
しばらく付き合うだけで、
「あ、こんなにゆるい人なのね」って、誰もが納得(笑)

気楽に飲めて美味しい駅前のお店、
カウンターしか空いていなかったので
最初はお上品に腰掛けて、人生や仕事の話をしていたのに
2本目のワインをチョイスした頃

『あてなき人生は無理です。
 あてをください、チーズ的なあてを。』

顔には出ないタイプだけれど
真顔でおかしな発言をするのが酔いのサイン(笑)
彼女の名(迷?)言はいつも素敵だー。

春の味に誘われ、どんどんボトルが空いた(・・;

このお店は時々利用するのだけど
季節メニューも豊富で、どのお料理も『塩加減』が絶妙で美味しい。
『いい塩梅』などというけれども
まったくそのとおりで美味しいお料理は塩の量だと思う。

ご機嫌な二人、さらにスパークリングを抜いてもらい
カウンター越しにマスターたちとも陽気に飲んだのだった(笑)

さて、この後さらにもう一軒、と
タクシーに乗ったら…。

彼女、靴、片方履いてなかった(爆)
「あれ~なんか足が寒いと思った~~」って、そりゃ寒いわ!!(爆)

…ずっと変わらず、ほっとできる友人がいるのは幸せ。
正直に話ができて、正直に話を聴ける友人がいるのは、幸せ。

進む道は違っても
自分の信じた道への努力をともにした時間は
お互いによく似通った信念を育てた時間でもあり、共有の財産。
そしてそれが今の生活に誇りを持ち、胸を張れる理由。

彼女の助言はすぅっと心に入ってきて
彼女が秘めていた悩みは、わたしがつまんで捨ててきた。

もうすぐイースターだ、といいながら歩いた
子どもの頃、二人が通った教会近く、小川沿いの細い細い近道に
たぶん、靴が片方落ちているはず。

腕を組んで一緒に転んだもの(笑)

神さま、迷える子羊をお救いください。<都合のいいときだけ祈る二人
今から靴を拾いに行ってこよう。
まだ新しかったという靴が見つかりますように…(^^;
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ヒーローでなくても

『前向きに努力すれば
 人に負けない個性を身につけることが出来る
 
 ヒーローでなくても

 それぞれの道で
 なくてはならない存在になってほしい』

父は、31日で定年を迎えます。
昨日は最後の卒業生のために、こんな式辞をしていたのだと
今朝の朝刊記事で知った、親不孝な娘です。

ここ最近はよく話をしますが
しばらくじっくり、語り合う時間を持たずにきたのだけれど
わたしは、教育者としての父の背中を見て育ったのでした。

声が大きく、がさつなイナカモノで
単純で豪快なようで、実は気が小さくもあり
長嶋終身名誉監督やイチローのような天才をみると
すごいなぁーすごいなぁーと
いい年したおじさんが、にこにこと素直に憧れ
テレビの前で、ウンチクを熱く語るのに
母や妹とよく呆れたものです。

とことん人間臭いおじさんですが
人に愛され、人を愛し、人を育てる
自慢の父です。
えぇ、ファザコンです(^^ゞ

決して人を悪く言わず
仕事の愚痴も吐かない父が
"教師は授業してナンボ"の父が
教職を離れて管理職になってからは
二階の部屋にこもって遅くまで一人起きている、そんな
苦悩の日々も、よくよく知っているから

最後のこの式辞は、聞きたかった。

中継ラジオでも流されていたようですが
誰かが残してくれてるかなぁ。

教育者として、揺らいではいけない何か、を
直接的にではないけれど、また、背中で教わった気がします。
忘れかけていたけど
わたしはわたしのでき得る最良のものを
与え続ける公人であらねばなりません。

ちょうど、その式辞が読まれているころ、
寒いわたしの職場でも
お日さまが射して、春の匂いがしていました。

普段、声をかけてもあっという間に逃げてしまう子が、
どこかで摘んできた小さなふきのとうを
ひとつあげるよって、部屋まで届けてくれました。

"国民全体の奉仕者"として自分の在るべき場所は、
望む望まないに関係なく与えられるもので
それゆえ、本当に苦しむことが少なくないのですが
それでも、きちんと向き合うことで思いがけない財産が出来ていたりするのですね。

こつこつと努力を重ねた凡人の父の子どもですので
残念ながら、わたしには生まれつきの特別な能力はありません。
ヒロインにはなれませんけれど
いつか誰かや何処かにとって
意味のある存在になれれば、と思います。

  

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