TROPICAL PARADISE BRAZIL!!!

ブラジルでの体験談等を紹介。国際結婚、永住権、不動産、自動車免許、料理、

アフリカマイマイ

2008年03月28日 04時27分07秒 | 家、庭、植物、動物、昆虫
ここには、変なカタツムリがいるよ。殻が大きくて、重くて。。。雨が降ったあとによく出て来るよ。あと、ごみがたくさん捨ててある所なんかは、特にいるんだ。顔は本当にカタツムリなんだけど、ごっついんだ。ちょっと、色グロでもある。ノルデスチだからか??
お姉ちゃんに調べてもらったんだ。(あ、それは、お姉ちゃんは動物や昆虫たちが好きだからさ。)
それには、こんな風にあったよ。

この『アフリカマイマイ』、実は寄生虫がついており、人間の体に入ると最悪『死』に至るそうです。
実際に死んだ例はいくつかあるそうです。
他にも熱帯の国でも同じようなことがあるそうです

ここからが注意!
このアフリカマイマイを素手で触るのはもちろんのこと、這ったあとも危険で、這ったあとの残る野菜なども
生のまま口にするのは危険である!と書かれていた!

見かけはかわいいんだけどね。ちょっとでかいけど。。。(世界最大級!)

で、食欲旺盛。これは硬い殻をつくるカルシウムを補うためだそうな。(なんとビ-ルが好きなんだって!)

てのこと。わあああ、私、手で触ってたああああ。もう止めた。近所の人達は、よく塩をまぶして殺しているんだ。かわいいかたつむりとは、うって違って害虫なんだね。。。。みんなも気をつけて!!

“EAR TO THE GROUND”

2008年03月21日 23時44分04秒 | イギリス旅行記
これ、私の義兄ちゃん。
でも、私よりも一つ下。ロンドンのソーホーと、マンチェスターに事務所を構えるやり手の青年実業家。会社を設立してもう10年にもなる。ソーホーに会社を構えるということは、かなり成功しているという証である。
事業内容は、音楽プロデュースにイベント企画。もう既に、多くの有名タレントを多くのイベントに呼んでいる。去年か一昨年にN.Yで行われたミュージックアワード等にも招待されている
イギリスの音楽に興味のある人や、彼の事業に興味のある人、彼のWEBを訪問してみてはいかが??ちなみに、左手に持っているのは、私たちが彼に無理やり飲ませた“GUARANA DO AMAZONIA”という完全ナチュラルなアマゾンから出来た元気ドリンクだ。私がお手製で作ってあげた!ま、その夜は、ちゃきちゃきにロンドンの夜を楽しんだことも言うまではない
www.eartotheground.org

日本の四季

2008年03月21日 03時01分45秒 | 日本、博多
私は、日本独特の四季が大好き
もちろん、イギリス、ヨーロッパにも北アメリカも、オーストラリアにもあるし、アジア、南アメリカにも、四季のある国、地域はある。
ただ、食文化を、季節によってこんなに大事にする国は私の経験した中ではない。
冬の終わりを知らせる梅がなり、土筆が咲きだした頃、春を感じだし、桜の宴会時期となり、ちょっと、肌寒いが、お酒で体を温めながら春到来。山では、ふきのとうが現れ、つわを摘んだり、それぞれの山菜たちが顔を出し、たらの目がむくむくと、芽を張り、だんだん暑さを感じていく。春の食べ物―桜蒸し、山菜、春キャベツ、たくさんの緑の野菜が美味しい時期。淡い綺麗な料理が多い。私の一番好きな季節でもある。
半そでになり、鮎が解禁となり、
夏の到来。レストランでは、焼肉などのスタミナレストランに人々が押し寄せる。菖蒲が綺麗な花を咲かせる。夏の魚介といえば、やはり、鯛や、鱸、そして、うに(ま、私の好物たいね。)。そして、たくさんのフルーツ達。やはり日本の夏の代表フルーツは、スイカ!そして、桃。イチジク、ビワも顔を出してくる。この時期に花火があげられるのも、お盆も過ぎるとくらげがやってき、海水浴の終わりを告げ、盆踊りで夏が終わる
初秋、筍や、マツタケなどが店先に並ぶ。残暑の中、土瓶蒸しを先取りする。ちょうど、上に羽織が一枚欲しいところ。紅葉もさらに彩をましていく。柿もいっそう、綺麗なオレンジ色になる。秋は、とにかく何につけても美味しい時期では、ないでしょうか?店には、たくさんの種類の魚たちが帰ってくる。しかも、玄界灘に生息する魚たちは今からが、最高に美味しくなる。
9月には、トラフグが解禁となり、ちょっと、まだ、暖かい冬が到来する。そして、みんな、だんだん暖かい食べ物へと舌先も変わっていく。鍋。代表的な冬の食べ物。何につけても鍋がメインになる。あら、カニ、河豚、水炊き(博多の郷土料理、鳥鍋)、モツ鍋(これも、博多の郷土料理ですね。)土手鍋、今では、普通に知られるようになった韓国のチゲの数々。12月も後半になり、クリスマスは何故だか、洋食店は、年間の1/3をこの時期に稼ぐと言われるほどに大繁盛する。逆に和食屋では、がらんとなる。
そして、正月がやってきて、おせちを頂き、新年を祝う。
そして、梅が咲き出す。。。
こんな季節で変わる料理は、ほかの国にあるだろうか???大体、好きなときに好きなものを食べる。郷土料理はあるものの、季節感はない。イギリスの食べ物の代表といえば“ローストビーフ+ヨークシャープディング+マッシュポテト”。これは、日曜のお昼の代表的な食べ物。でも、季節はない。ターキーはクリスマス。これは、宗教的なもの。イギリスも、アメリカも、どこに行かなくても世界中の食べ物を頂くことが出来るが、果たしてその中の和食は、季節で色を変えているだろうか??すし屋。日本では、大体、冬に賑わい、夏は客足が落ちるのが当たり前。他の国でも同じだろうか??ここブラジルは、フェジョアーダ(黒豆と臓物の鍋)は代表的で、鍋だけど冬に食べるわけではない。シュハスコも年中だ。といって、メニューが変わるわけでもない。
他の国も四季によって、日本みたいに大きく食を考える国はあるだようか???私は、そういう日本が好き。
そして、今、博多には、小さな春が沢山出て来たそうな

私の人生あれこれ (モソロへと行く!) エピソード23

2008年03月17日 04時55分02秒 | 私の人生!!独身時代のハチャメチャ履歴書
初めてのモソロ。しかも、日本人がいる???わくわくした。
所要時間約5時間後、大きなそれはそれは綺麗なホテルへと到着した。ま、そこに私たちが泊まるわけではなく、そこが、終着地点だったってだけだ。なんと、そこは、温泉がでるのだ!!!
ええええ???温泉???と、マイクと目をクルクルさせた。ま、日本のように真っ裸で入る入るわけではなく、温泉プールになっているんだと。ま、値段を聞くと、泊りではないので、高い金額だった(覚えていない。。が、高い!!って思って、行ってない。)
私達は、そこから、フェアをやっているところへ、自分たちで行くことにした。タクシーに乗って説明をすると、“まだ、早いからやっていないと思うけど、その辺りまでいきましょうか?”と親切に言ってくれた。
てことで、じゃ、モソロの屋台にでも行って、モソロの名物でも食べよう!!ということになり、連れて行ってもらった。降りるときに、タクシーの人からまけてもらった!!!初めてだった!!普通、“外国人”ってなると、1円でも、2円でも、貰ってやるぞ!ってのが、普通なのに、その人は、“あ、もう、これでいいですよ!”と、切り捨ててくれたのだ。嬉しかったけど、びっくりした
そこの屋台では、どうやら豚の軟骨や、内臓をカリッカリに揚げてあるのが名物のようだった。丸腸ののから揚げを食べた!!美味しかった!!!日本では焼肉がメインだけど、カリッ揚げてあるのもありだ!って思った。ま、食べすぎは禁物
そこから、MOTO TAXIと呼ばれるバイクにまたがり(ま、これも初体験!)、フェアへと行った。そこには、“EXPO FRUTA”と書いてあり、いろいろなフルーツを飾っていた。約40件ほどの出店が並び、業者らしき人達等がいろいろたしなめていた。私達も、いろいろと、輸入の話を、いろいろとし、フッとみると寿司があった。どうやら、寿司を握る機械を展示しているようだった。そして、メロンの展示へ行くと、夕張メロンのような網のめのメロンが綺麗に並べてあった。
そこには、何故か、アジア系の顔が並んでいた。私は、勇気を出して、一つの商店の人に”日本人ですか?“って聞くと、どうやらその人は、3世らしく、私は日本語は分かりませんが、あそこに行ってごらん。あの奥さんは日本人だから。”と言われ、行くと日本人のご夫婦に、“あの、私日本人なんですが。。”と、自己紹介をした。すると、そのご夫婦は、とても、快く、じゃ、いろいろと、紹介しましょう!!と、家族、そして、日本人の人達を次々と紹介してくれ、"明日もあさってもあるから、来るといいよ。私たちのメロンの農場も覗きに来てごらん!!"と、言ってくれ、安いホテルまでも息子さんが探してくれた。そして、寿司は食べ放題だし、ビールも飲み放題。ただだった。私たちと同じ年くらいの日系の男の子たちとも会いとても、楽しい時を過ごした。みんな、ポルトガル語+英語+日本語をごちゃ混ぜにして喋った
次の日、そのメロンの農場を営むご夫婦の農場へと案内してもらった。
まあああああああ、びっくり!!馬鹿でかい農場なのだ。東京ドーム何個分!っていう広さ。
ちょうど農場に行く頃、昼時だったんだけど、行く途中たくさんの労働者ぽい人たちが、このご夫婦の車に頭を下げていた。
“何ですか、あの人たちは??”と聞くと、奥さんは、“あの人たちはね、みんな家で働いてくれている人たちなの。“と言った。ええええ???200人以上の人を雇っているんだと!!ヒエーである
それから、メロンをもぎ取って、出荷するまでの手順を見せてもらい、お昼ご飯を一緒に頂いて、私たちのブラジルへ来たいきさつ、願望、質問等を聞いてもらい、最後に本当に沢山のメロンを箱一杯にくれ、農場をあとにした(何か、小学校時代の工場見学のようだった。)
それから、私は、強くその後夫婦を尊敬した。もちろん、ジェニパブに戻って、日本に帰ってからも、連絡をすることはなかったが、たまに、私から、一方通行に絵葉書などを3ヶ月に一度ほど送る程度だった
このブラジルのモソロで出来るメロン ジャポネーズに興味のある方、行ってみては???いろいろ研究家の人たちはやってきます。
"OTANI AGROPECUARIA LTDA."大谷さんです。

私の人生あれこれ 悪あがき。エピソード22

2008年03月17日 04時42分45秒 | 私の人生!!独身時代のハチャメチャ履歴書
おっと、まだ、日本には帰ってられないのだ!!!日本に帰る前に、悪あがきをしよう!!!だって、そこそこ半年で日本に戻るとは、ちょっと、恥ずかしいではないか!!
私たちは、いろいろと、どうやって、ここに居残ることが出来るかと、常に毎日考えた。家は購入したものの、まだ、二人とも観光ビザ。期限は刻々と迫っている。しかも、お金も大分そこをついてきた。ラッキーなことに、私は、日本へのリターンチケットが、その頃は、ヴァリグ航空を使っていたので、FIXのチケットだったけど、日付を一回だけ変更できるというものだった。ので、ビザギリギリの日付に変更していた。(ただ、東京まで。。。博多までは別料金だった。。)
いろいろ考えたところ、
“そうだ!!日本に何かここから、輸入しよう!!”って事なのだ。
まああ、そんな風に考えると、いろいろと、舞い込んでくるものなのだ。で、SEBRAEセブラエは、国の管轄のもので、中小企業にいろいろな行事を教えたり、あと、セミナーをやったりとするところ。で、ちょっと、行ってみた。すると、MOSSOROモソロ(ナタウから北に約00KMほどのところにある大きな街だ。)で、フルーツ輸入輸出フェアを来週やるという
で、担当の人がいい人で、
本当は関係者だけだけど、とても、いい考えだから、コネを作るためにも、一緒のバスに乗って行っていいですよ!しかも、そこには、何件か日本人の農場の人達もいるし、寿司屋なんかも去年はやってたし、紹介しますよ!”ということだった。
早速、私たちは、次の週に一緒にバスに乗せてもらい、モソロへ行った!!

*SEBRAE(セブラエ)ブラジルで中小企業を営んでるかた。また、今から考えの方、覗いてみてください。何か役立つかもしれませんよ。ま日本で言う商工会議所みたいなものかな???

うに!!!!!!!!

2008年03月12日 04時56分14秒 | レシピ、食べ物集
ちょっと、皆さん!!!発見です!!!
ここに家を買って4年。暮らして約2年。日本が恋しくなると(ま、特に日本酒と刺身ですが。。)、和食の店へと行きます
最近、山芋を発見し、何と、ついにウニをGET!!!!
いろいろなビーチで何度か、ウニの死骸を見つけてから、ここにもうにがいるはずだ。。と思っていた。でも、ここナタウの和食の店には、ウニは100%おいていなく。。毒があるのではないか??とか、いろいろ考えていた。
たまたま、日本から帰ってきた柔術“尚美”と、ジェニパブビーチへ行き(ま、家から1分ですので。。。)、干潮だったので、岩場へと足を運んだのだ。
そしたら、なんと、沖のほうの岩場にいるではないか!!しかも、誰からも取られることのないここのウニ達は、まああ、大きくなって。。。興奮してしまった二人は、ばたばたと家に戻り、バケツと金物を手にし、一目散にまた、岩場へと戻った。ま、その間の会話はこんなのだ。
“ねえねえ!!!何ウニかね????あれ。。”
“食べれるかね???”
“ちょっと、日本やったら金持ちやね。”
“こっちで、売れるかね??”
“毒あるかね??”
“でも河豚も美味しいけど、誰かが、毒見は必要やしね。毒見かあああ。”
“どうするうう???!”
“生で食べる??”
“いやああ、ちょっと、今日は自信ないなあ。。。”
“じゃ、ウニパスタで!”
“フランス人おったら、食べたいやろうね!!なんせ、こんな食べ物、日本人と、フランス人くらいやもんね。。”
“わああ、ネットで調べよう!!!”
てな感じで。。ま、いたわ、いたわ。取ってるときに、変な日本人が何かしてるちゅうことで、幾度もビーチに来ているブラジル人達が私達のウニ漁を見学に来た。ま、
きっと、彼らは、“やっぱり日本人はなんでも食べるらしい。。海草食べてると思ったら今度は、あんなものまで。。”って話題の種にされるのだろう。ま、以前は、海ブドウにはまり、よく取っていたのでね。。でも、高いと知ったら、みんな採るんだろうなあ。。言わないぞ!!ここのウニは、私らのものなのだ!ヒヒヒ
まああ、生きてるウニを初めて見たと言っていた尚美も、とうとう尼さんのようにもくもくと取り始めてしまった。まあ、次も食べたい私たちは、私たちが定めた基準より小さいウニはリリースした。それでも、すぐにバケツは一杯になり、持って帰った隣の家のお母さんに見せると、どうやら、ここの隣の州がペルナンブコって言うんだけど、そこのレシフェでは、ウニ焼きをして食べるという。オリーブ、ニンニクと一緒に
そうなんだああ。っとびっくり。
ま、家に持ち帰り、早速、尚美にウニの割り方を伝授し(何故してるかというと、私は、何を隠そう日本では、18歳からプロの料理人として働いていたからだ!ま、そうじゃなくても簡単なんだけど。。。お父さんも出来るし。。。)、約一時間かなあ、、もくもくと身を取り出した。尚美に後片付けをお願いし、私は、初めてパスタ用のウニソースなる物を作る準備に入った。ま、オリジナルなので、これが最高です!!とは言えませんが。。ま、尚美と、旦那には、好評でしたがね。
材料
  うに(今回はちなみに300Gほどあったのではないでしょうか。)
  玉ねぎ スライス1個
  にんにく みじん3個
  魚のスープ 2カップ
  刻みねぎ  適量
  生クリーム100cc
  飾り用のウニ 適量
1、バターで玉ねぎ、にんにくを炒めます。
2、ちょっと濃いくする為に、小麦粉をスプーン一杯ほど入れ、炒めます。
3、粉がちゃんと、炒まったところで、スープを加えていきます。(要領は、ベシャメルの作り方と同じ。)
4、で、ちょっと、煮詰め、冷めたところで、ウニと一緒にミキサーで混ぜる。
5、濾しながら、また、ソースパンに戻し、煮詰める。とろとろとなったとこに、刻みねぎ、あと、生クリームを100ccほど加え、よく混ぜる。(カルボナーラのように、黄身を加えてもおいしいかね?)
6、パスタを加え絡める。
7、最後に、飾り用のウニをたんまりと上に乗せ、ちょっと、黒胡椒も乗せる。で、刻み海苔なんか乗せるとおいしいよね!!!
ちなみに、今回の材料費
玉ねぎ10円。 にんにく もらった。魚のスープ、昨日買った魚の骨で作ったストック。生クリーム 50円。ねぎ 自家製。うに ただ。ってことで、3人前60円!!!!週に一度はうに料理が食べれそうだ。いつかは、生で食べる予定。少し涼しくなってからにしようと、思ってる。
あ、塩コショウは忘れないでね

シオーバ

2008年03月12日 04時39分38秒 | レシピ、食べ物集
これ、シオーバっていう名前の魚。ちょっと、高級魚です
ここでは、大体、1Kで8から10レアルが標準の金額。鰆はちょっと、安く1K、何と5レアルで買える!(お得意様だからかなあ???)しかも、超新鮮!!取ってきてすぐ、ジェニパブの浜で売りさばいてしまうのだ!!!で、必ず、家にも届けてくれる
今回は、ちょっと、近所のスーパーへ歩いていく途中で、魚を売っていたので、覗いてみたら、シオーバのみを売っていた。1KGで12レアルとちょっと、お高いが、綺麗だったので、1,5KGを15レアルに下げて、ゲット!“ちょっとおお、これでは儲けになりませんがなああ。。。”と言っているのに、ニッコリ笑顔で頂き!ヒヒヒ。ま、その場で、鱗を取ってもらったりするんだけど、こっちの魚売りの人の魚の掃除の仕方はこんな感じ。鱗と内臓をとった後に、ひれというひれを切り落とし、エラも皮膚ごときってしまうのだ。裁くときに、ひれのとげに刺さらず、痛い思いはしなくていい。
ただ、輪切りにする分は、楽だけど、これが、3枚に下ろすとなると、ひれがないから、なかなか、刃を入れる部分が決まらないのだ。。。
味は、淡白で見たとおりちょっと鯛に似ている。でも、裁いた時に分かるけど、身が柔らかい。。。。締まった魚が欲しいなあああ。。。料理すると崩れやすいんだよな、これが。。でも、美味しいよ!!
今日は、3枚に卸して、冷凍しました。コッパ(骨って事。これ、博多弁かね??)は、次回、スープにする予定!!

ENGLAND5日目

2008年03月07日 00時11分08秒 | イギリス旅行記
さて、イギリス旅行記の続きだよ

SCOTLAND 1日目夜1(5日間)
今夜は、何と、マイクの伯父さん家族と食事をするのだ。初めて会う人達。。新しい家族になると、いろいろな人と会う。。夕食時間は、夜8時、インド料理。。。(何で、8時なのだろう。。日本だと、6時でもOKだもんね。遅くても7時半でしょう。。ブラジルもそうだけど、ヨーロッパの人達も結構遅い時間を設定するのだ。。)ま、未だに遅い夕食になれない私達は、5時半には、お腹減りモードになったため、とりあえず、“PUBでビールでも飲んでいよう!!”って、事になり、PUBを探す。
“マイキー!見て!5時半なのに親父達で賑わってるPUBがあるよ!きっと、ローカルだよ、ありゃ!”と目ざとく見つけてしまった私
二人で外から中の様子を伺った。すると、窓ガラスから、一人のお爺さんが“おいでおいで。”と手招きをするではないか。マイクと、顔を見合わせ、“ソファーが空いてなかったら出よう!”って事になり、入る。このPUB、本当に親父だらけだ。しかも、どうやら退職者ばかりで、観光客なんか一人もいないのだ。みんなじもッピー達だ。ので、ビールも安い。すると、手招きしていた爺さんが、“こっちに座るといい。小さいがソファーだ。”と。
それから、その爺さんと会話をしながら、楽しんだ。私は、タバコを吸うために店外へ幾度かでた。その度に知り合いがどんどん増え、帰る頃には、殆んどの爺さん達が
“また来いよ!いつでも、お前さんは、WELCOMEだ!”と、言ってくれた。
マイクは、“いつのまに、そんなにいっぱいの人と喋ったの???僕、スコットランド人なのに、僕より多くの人と知り合いになってる。。。。。”と、ちょっぴり、私に嫉妬の目を向けていた。
さ、その暖かいローカルなPUBを出、待ち合わせのインド料理やへ行く。
写真は、そのローカルなPUB!!ローカルさを楽しみたいあなた!エディンブラに行ったら探してみよう!!



10年に1度?? ブラジルの恩赦??

2008年03月04日 00時16分49秒 | ブラジルビザ
実は、今年は、前回、ブラジル国が不法滞在者に、永住ビザを渡して、10年目となるらしい。
この目で、そのように永住権をもらった人を見たことも会ったこともないので、何とも言えないが、噂では、約10年ごとに、そういう温和な処置をブラジル国は、外国人に対して行っているというらしい。私も、情報が少ないために、正直、確信出来ないでいる。でも、やはり他の外国人とそういう話をすると、“そうらしいな。”とみんな、噂は聞いているが、誰もその真実は知らない。

ただ、ブラジルは今は、資本主義だが、以前は社会主義で、国のことについて話すことは一切許されていなかった。いわば、北朝鮮のようだったという(今のブラジルの陽気なイメージからは想像が出来ない。)。こそこそ話をしても、密告者が、どこかに潜んでいて、話の内容が、警察へ流れ、刑務所行きだったそうだ。だから、誰もが、息を潜ませて暮らしていた。誰がスパイか分からないんだから。下手な話は出来ないのだ。隣人のお母さんは、自由な国を求めていて、その頃は、とても精神的に苦しかったという(ジルベルトジルなどもそういう社会に向かって立ち上がった人。)。そういうことで、どこまで真実が聞けるかは問題。

ただ、この国ブラジルは、不法滞在者にはとても温和で、罰金さえ払えば、いつまででも、好きなようにいれるのだ。しかも、年が変われば、次回もちゃんと、入国出来る。(ただ、3ヶ月のビザは、発給してもらえないかもしれない。他所の国から試してみることをお勧めする。)そんな国って他にあるだろうか???だから、この恩赦も稀に本当のような気がする。そこら辺、ご存知の方、情報求む!!!

ブラジルの銀行

2008年03月03日 23時53分39秒 | ブラジル(NATAL)情報2008
BANCO DO BRASIL(ブラジル銀行)は、名前の通りブラジルの銀行。
税金の管理から全てを行うオフィシャルな銀行でもある。が、マンモスになりすぎて、人手が足りない
ブラジルで、90%の人が口座を持っているのに、全てシステムが滞る。例えば、カウンターは15個もあるのに、座ってる従業員は5人(それでも、いい方。たまに昼だからってことで、1,2人の時だってありえるのだ。)。並んでいる客は100人を越える。超だの列。しかも、60歳以降の年寄り、妊婦、小さな子供連れは、優先。その優先者も、ま、満杯になったころに、のうのうとやってくる!!
ま、朝から、立ち並んでいる人達は、何も言えないが、顔にいらつきが見える。それよりも、それに応じる銀行側。マンモス銀行ならそれらしく人員を揃えろっちゅう話!!
しかも、アナウンスも少なく、多くの人がうおさおさ迷う。今は、私達は、会社の口座のことで行くことが多いので、一般人に紛れて並ぶこともないけど、しかし、カウンターに並ぶ手間隙は省けていても、次の手続きまでそうとうの時間をくう。以前、顧客からの送金を待っている時、書類も提出し、送金を首を長くしてもなかなか来ない。で、問い合わせて問い合わせて、ようやっと、3週間後に、“実は、サンパウロの本部より、書類の部分に、ちょっとだけ間違いがあるので、書き直す必要があります。”だって!!おいおい、そんな事、チェックに1日もいらんだろうよ。こっちは、何度も、足を運んでいるっていうのに。。そんなことで、また、書類を新たに提出しなければいけない
日本の銀行は、それに比べ、さすがすばらしいと思った。銀行の職員は誰もが、ストレスを感じるという。ここブラジルでも、よく聞く。でも、日本の銀行で働く人は、それだけ職務もたんとこなしているのだ
ブラジルのATMはすごい!という。なんでも、いろいろな手続きがそれだけで出来てしまうかららしい。(じゃ、何でみんなカウンターに並ぶの??)未だに、私には、どうしてだか分からない。だって、お金を振り込む場合、それ専用の封筒に入れ、名前や口座名を入れ、ATMで、送金する。“何で、封筒に入れなきゃいかんのだ??”って、いつも不思議に思う。機械なのに。。後ろに人が入っているのだろうか???(ま、冗談だが。。)
あと、多くの人がATMを使う時期、例えば、給料日、公共料金の支払いの日等は、多くの人がATMに、お金を下ろしにいく。しかし、朝早くに行かないと、10時には、20あるATMの内、3個のATMしか作動しなくなる。それは、機械にお金が入っていないから。。。最後の方なんか、10レアル札しか機械に入ってないようで、全て10レアル札で引き出される。。。最後には、どのATMにもお金が入ってないので、そこの支店では、お金が引き出せないのだ。そんなことは、普通ありえないのだ!(ノルデスチだけ??)でも、ブラデスコや、カイシャエコノミカは、大丈夫の様子。
私は、ブラジルで口座を開くなら、ブラデスコがインターナショナルでもあるので、いいと思う。ただ、バンコドブラジル以外は、最初に個人の口座を開く場合、RNEの本物か(仮の紙はX)、ポリシアフェデラルで、“CARTIDAO”という証明書を取り寄せたりと、いろいろ必要。その点、バンコ ド ブラジルは、仮のRNEとパスポートがあれば、開ける。会社の口座の設立は別で、設立前に自分でどこがいいのかチョイス出来る。ブラジル国内を旅行するのに使うインターナショナル銀行は、ブラジルで使うならHSBCが、いい。ブラジル国内どこにでもある。HSBCを尋ねる時発音は、”アガ エシ ベー セー“となります。CITIバンクは、私も持っているけど、支店が少ない為に、他所の銀行で下ろしたりするから、多く手数料を取られる。
海外からのVISAカードは何故か、バンコ ド ブラジルで、使えない事が多い。。HSBC,CITI バンク、ブラデスコ、24H BANCO、は使えます。。

鉄腕 ブラジリアン柔術家 "鈴木 尚美"

2008年03月03日 00時39分17秒 | スポーツ
とうとう、尚美が、NATALにやってくる。どれだけ、強くなっているかが楽しみなところ。UPお楽しみに。左から二番目がスマックガールズで、勝星を得たミシェリ。そして右端が、尚美。隣は、最近、力をメキメキ出しまくっているツカジ。みんな優しそうだけど、ちょっと、喧嘩はできましぇんな

PINGA(ピンガ)

2008年03月01日 22時54分06秒 | レシピ、食べ物集
ピンガとは、カシャーサ(ブラジルのサトウキビで作られた焼酎。)に、フルーツの皮を漬け込んだもの。私が作ってるのは、だから、ピンガじゃないらしい。。。。でも、ま、似たようなものなのだ。何で、今はまって作ってるかというと、近い将来、自分のレストランを持った時にそういうフルーツの自家製お酒をいっぱい置きたいから。ま、出来上がって、味見をしていくのは旦那。“おいしい!!”と言ってくれるのは嬉しいけど、毎晩飲んでいくので、無くなっていく。。。だから、次々に作っていかないといけないのだ。。。
今まで作ったのは、アセロラ酒、マンガ酒。で、今回作ったのは、ゴイアバ(ゴヤバ)酒。3ヵ月後にどんな味になってるか、楽しみなところ。では、ゴイアバ酒のレシピ。
カシャーサ1本
ゴイアバ4つ(皮が黄色になってるけど、まだ硬いのを選択。)
砂糖500g
1.ゴイアバは綺麗に洗って、しっかりと水分をふき取る。好みでカット。
2.それぞれポットに入れる。
3.蟻が来るような時期には、ふたの下にラップをするなど、しっかりと蟻が入らないように密封すること。
約3ヶ月待ちましょう。