Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

5/13(土)小川里美リサイタル/越谷サンシティ/大らかで伸びやかな美声と抜群の存在感で魅せる

2017年05月13日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
第164回 サンシティクラシック・ティータイムコンサート
小川里美 ソプラノ・リサイタル


2017年5月13日(土)14:00〜 サンシティホール・小ホール 指定席 2列27番 3,300円
ソプラノ:小川里美
ピアノ:佐藤正浩
構成・お話し:岡部真一郎
【曲目】
木下牧子:誰かがちいさなベルをおす
木下牧子:さびしいカシの木
木下牧子:夢見たものは
プーランク:愛の小径
プーランク:あなたはこんなふう
プーランク:すすり泣き
ビゼー:歌劇『カルメン』より「何を恐れることがありましょうか?」
ベッリーニ:6つのアリエッタ
      1.優しい妖精、マリンコニーアよ 2.お行き、幸運なバラよ
      3.美しいニーチェよ       4.せめて、私にかなわぬなら
      5.どうぞ、いとしい人よ     6.喜ばせてあげて
ベッリーニ:歌劇『ノルマ』より「清き女神よ」
ヴェルディ:歌劇『アイーダ』より「勝ちて帰れ」
ヴェルディ:歌劇『椿姫』より「ああ、そはかの人か〜花から花へ」
《アンコール》
 ドビュッシー:美しい夕暮れ
 プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」

 埼玉県越谷市のサンシティホール(公益財団法人越谷市施設管理公社)主催による「ティータイムコンサート」シリーズは、若手からベテランまで現在活躍している演奏家のリサイタルを企画している。魅力的な演奏家が出演するので、時々聴きに行くことがある。要するに越谷市の文化事業のひとつで、地方のコンサートのイメージにはなってしまうが、サンシティホールはJR武蔵野線の南越谷駅/東武スカイツリーライン新越谷駅から徒歩5分くらいのところにあるので、都心からでも1時間もかからないから、土曜日の午後のコンサートなら十分に行動半径内に入っている。私の場合は千葉方面からになるので、武蔵野線を使えば、サントリーホールや東京オペラシティコンサートホールに行くのと変わらないから十分に守備範囲内なのである。

 本日のコンサートはソプラノの小川里美さんのリサイタル。小川さんは、お名前とお顔はかなり以前から知っていたが、実際に聴いたのは2013年11月の日生劇場でのオペラ『フィデリオ』のレオノーレを歌った時が初めてだった。その時の歌唱と演技がとても印象的で、それ以来目が離せないアーティストのひとりとして、密かに注目してきた。東京近郊での活動は、リサイタルはあまりなかったようで、オペラへの出演が中心となった。2014年2月には東京芸術劇場のシアターオペラ『こうもり』でロザリンデ役を、同年4月には「東京・春・音楽祭」で演奏会形式の『ラインの黄金』のヴォークリンデ役を、2015年2月のシアターオペラ『メリー・ウィドウ』ではハンナ役を、同年5月にはヤマハ主催の銀座オペラで『蝶々夫人(ハイライト版)』のタイトル役を、今年2017年になってからも2月には東京文化会館・小ホールでのデジタリリカ『トスカ』のタイトル役を、同じ2月にシアターオペラ『蝶々夫人』でのタイトル役という風に、聴いてきた。ほとんどが主演なのだから、彼女が日本のオペラ界でも今もっとも輝いている存在であることは間違いない。その間に他にも、NHKの「ニューイヤーオペラコンサート」に出演した2015年2016年はNHKホールに聴きに行っているし、2016年末の東京フィルハーモニー交響楽団の「第九特別演奏会」もサントリーホールで聴いた。こうしてみると、けっこうな頻度で、重要な作品を聴いていることになる。そういうわけで、念願のリサイタル。都心ではなかったが、今回ばかりは少ないチャンスだと思い、今日予定されていた他の2つのコンサートをキャンセルして、小川さんを優先したという次第である。
 リサイタルが東京ではなく何故越谷だったのか、不思議におもっていたら、ちゃんとした理由があったようだ。小川さんは地元埼玉県の出身で、「蒲生少年少女合唱団」に高校生の時まで在籍していたのだという。だから子供の時に、ここサンシティホールのステージに何度も立ったことがあるのだそうだ。●十年経って、数々のオペラで主役を歌ってきて日本のプリマ・ドンナと呼ぶに相応しい立場になってからの地元でのリサイタルは、感慨も一入であろう。そうした訳もあってか、会場は暖かい雰囲気に包まれていた。

 このシリーズは、音楽学者で明治学院大学教授の岡部真一郎先生が構成を担当しているだけでなくステージにも立って、前半と後半のはじめに10分間くらいのトークが入る。軽妙なトークはとても面白く含蓄があり、毎回語られる蘊蓄や音楽に対するアプローチの仕方などのお話しには、共感することも多く、とても参考になる。場所柄故に専門的な話ではないが、マニア系の方に属する私などにとっても毎回記憶に残る有意義な内容であることが多いので楽しみにしている。

 さて前置きが長くなってしまったので本論に入るが、上記のプログラムを見れば分かるように、日本、フランス、そしてイタリアの歌曲と、オペラのアリアの名曲を集めている。リサイタルの定石通りに、序盤にはしっとりと歌う歌曲を集め、情感を込めた表現力を見せ、終盤には声を張り感情を前面に押し出すオペラのアリア、という構成だ。ここに選ばれた歌曲の数々は一般的には決して人気のあるよく知られた曲ではないと思う。純粋な声楽作品には安直な名曲を選ばなかったのは、ご自身の表現力で聴衆を納得させることができるという自信の表れであろうか。演奏が始まると、そのことが明らかになっていく。

 岡部先生のトークが終わり、小川さんがステージに登場すると、客席からざわめきが起こる。小川さんはスラリと背が高くスタイルも抜群。その立ち姿はまさに絵になる人で、ピアノの前に立つだけで華やかな存在感を醸し出す。
 初めの3曲は木下牧子さんの作曲による歌曲。木下さんは、オペラ、管弦楽、吹奏楽、室内楽、ピアノなど幅広い分野の作品を発表していて広く支持されている作曲家だが、中でも合唱曲作品の数が多く、人気も高い。今日歌われた3曲は、いずれも合唱曲として作曲されたものだが、後に歌曲へと再編されたもの。「誰かがちいさなベルをおす」と「さびしいカシの木」はやなせたかしさんの詩、「夢見たものは」は立原道造の詩である。
 小川さんの歌唱は、自然で力みがなく、素直な声質はとても優しく伝わって来る。日本語の歌曲は、やはり日本語を綺麗に発音しないと美しく響かない。西洋音楽の声楽の発声で歌うと押し出しが強すぎるのである。その点でも小川さんの歌唱は、声量を控え目に抑え、1音1音をはっきりと発音し、それでいてしなやかに流れ、しっとりとした情感に包まれる。抑制的であっても豊かな発声の歌唱で、優しい世界観を描き出していた。

 続いてはフランスに移り、プーランクの歌曲を3曲続けて。いずれもプーランクが40歳代の円熟期の作品である。「愛の小径」は劇付随音楽として書かれたものでフランス風の洒脱なワルツになっている。ロマンティックで抒情的な曲を小川さんの歌唱が、少々官能的に、流れるようなリズムに乗せて流れていく。甘く切ない情感が、劇付随という性格からだろうか、オペラを思わせるやや劇的な表現で歌われていた。
 「あなたはこんなふう」はゆったりとしてテンポの短調の曲で、官能的で、頽廃的な雰囲気を漂わせる表現が、大人の女性を感じさせる。
 「すすり泣き」も短調の曲だが、全体に諦めの情感が漂い、訥々と、しかし焦燥感に苛まれるように歌う。小川さんは声質は素直で美しいが、こうした情感の表現にもわざとらしさがなく、聴き手にも素直に伝わって来る。そこに描かれている秘められた情感が、素敵に雰囲気を作り出している。

 前半の最後は、ビゼーの『カルメン』より「何を恐れることがありましょうか?」。第3幕でミカエラが歌う有名なアリアである。魔性の女カルメンがオペラの全幕を通じて毒気を撒き散らすのに対して、対比をなす清純なミカエラのアリアは、一服の清涼剤のように聴く者の心に染み入る。だからミカエラは歌唱が巧いだけではダメなのであって・・・・などと勝手なことをいつも言っているのだが、小川さんの歌唱は、その素直な声質がミカエラに合っているし、清純な中にも秘めたる決意を持つ芯の強さが、伸びやかで張りのある歌唱によってうまく表されていていた。感情を前面に出して爆発させるオペラのアリアならではの力感と声量、そして発揮度も素晴らしい。

 後半はまた歌曲に戻って、ベッリーニの「6つのアリエッタ」。ベッリーニは34歳になる前に亡くなっているので残された作品数はそれほど多くはないが、ご承知のようにオペラ作曲家として名高く、『カプレーティ家とモンテッキ家(ロミオとジュリエット)』や、『夢遊病の女』『ノルマ』『清教徒』など、現在でも頻繁に上演されているベルカント・オペラの傑作を残している。ベッリーニはいくつかの歌曲も残していて、その分野ではよく知られているが、聴く機会はあまり多くはない。
 「優しい妖精、マリンコニーア」はベッリーニらしい伸びやかな旋律が美しい。「お行き、幸運なバラよ」はイタリアっぽさと同時にシューマンの歌曲のような可愛らしい曲。この2曲は小林沙羅さんのリサイタルで聴いたことがある。小川さんの歌唱は角が丸い柔らかな歌い方で、清純なイメージだが大人っぽい雰囲気が感じられる。「美しいニーチェよ」は短調で狂おしく切なげな旋律。オペラ『ノルマ』にも同じ旋律が出てくる。「せめて、私にかなわぬなら」は切々と愛を歌う。訴えかけるような情感の表現とベルカント的な装飾技巧が素敵だ。「どうぞ、いとしい人よ」はまるでモーツァルトのオペラの一場面のような曲。「喜ばせてあげて」は息の長い美しい旋律がいかなもイタリアっぽく、いかにもベッリーニである。小川さんの歌唱は、伸びやかで艶があり、透明感もある。全体の雰囲気としては清純なイメージだが、若さと言うよりは成熟した女性の趣が強く、それが優しさにつながっている。息の長い大らかな旋律を歌うとき、一見してまったりとした感じにもとれるが、耳を澄ましてよく聴けば、内面に描かれた細やかなニュアンスなど表現力の奥深さが聞こえて来る。

 続いてはベッリーニのオペラ『ノルマ』より「清き女神よ」というアリア。小川さんは7月に藤原歌劇団の公演で『ノルマ』のタイトル役を歌うことになっているので、今日はそのリハーサルも兼ねてということだろう。ノルマ役は初挑戦としてことである。
 佐藤正浩さんのピアノの長い前奏(これがまた実に上手い)を聴いているとオーケストラの演奏が思い起こされる。『ノルマ』は何度も観ているし、このアリアはソプラノ歌手のリサイタルでは定番の1つになっているからピアノ伴奏でもよく聴いているからだ。ベッリーニの旋律は歌詞の内容にはあまり影響しないで、妙に明るく伸びやかで美しい。これはベッリーニがシチリア島のカターニャの出身であることも影響しているのだろう。何とも地中海的な陽光が降り注ぐイメージなのだ。小川さんの歌唱は、やはりオペラのアリアになると俄然押し出しが強くなる。役柄に入り込み、感情をオモテに出して強く訴えかける。巫女であるノルマは敵であるローマ総督ポリオーネとかつて愛し合い2人の子供を設けていて、その複雑な心境を、悲しげに苦しげに、心が張り裂けるように歌う。輝かしい高音域とコロラトゥーラ的な装飾にもチカラがあって素敵だ。しっとり切々とした前半のシェーナと、後半のカヴァティーナはつよい決意を込めた力強い歌唱。聴く者の心に共振を興して、一気に聴衆の心を捕まえてしまう、第1幕第1場に相応しい歌いっぷりであった。

 続いてはヴェルディのオペラ『アイーダ』より「勝ちて帰れ」。この曲も第1幕第1場で、ヒロインのアイーダの立場と心情を明確に表すために歌う性格のアリアである。エジプトの若い将軍ラメダスに思いを寄せる奴隷のアイーダは実はエチオピアの王女。両国が戦となり、アイーダはラメダスに勝って欲しいと思う一方で祖国が負けることも望めない。そうした揺れる心と苦悩を歌うアリアだ。小川さんは心が張り裂けんばかりの辛い思いを、感情を迸らせるように歌う。高音域の力強く伸びのある歌唱は、アイーダの魂の叫びを見事に描ききっていた。私は『アイーダ』はそれほど好きではないのだが、小川さんが歌うのなら、是非、聴きに行きたいと思う。

 プログラムの最後を飾るのは、ヴェルディの『椿姫』より「ああ、そはかの人か〜花から花へ」。この誰でも知っている有名な大アリアこそ、ソプラノ歌手にとっての代表的な試金石でもある。声量、高音域の力強さ、コロラトゥーラ的な技巧、そしてもちろん主人公ヴィオレッタの心情の変化を歌い上げる表現力が問われる。そうした音楽上の技巧と物語上の表現力、さらにはオペラ作品としての見所・聴き所をたった一人で作り上げるためのスター性も要求される。
 小川さんの歌唱は、前半のカヴァティーナ「ああ、そはかの人か」ではヴァイオリンイオレッタの純真な部分を、かなり強く張りのある調子で歌い、真実の愛に気付いた感情の高まりを強く押し出す。オペラ的に表現力の巧みさを感じた。後半のカバレッタ「花から花へ」ではしたたかな女であることを一段と声を張ることで表し、華やかな世界でしか生きていけないと、煌びやかな発声で歌う。いずれにしても素直で綺麗な声質は、ヴィオレッタを「本当は純真で優しい女性」として表現するにはピッタリ。そのリアリティのある質感とディーヴァとしての圧倒的な存在感はBrava!!間違いなし。小川さんがヴァイオリンイオレッタを歌う『椿姫』の上演を、藤原歌劇団にぜひお願いしたいところだ。

 アンコールは2曲。まず、ぐっと趣を変えてドビュッシーの「美しい夕暮れ」。ヴァイオリンやチェロの編曲版が有名で、短いのでアンコール・ピースとして聴く機会が多いが、元は歌曲である。原曲を聴く機会は意外に少なく、ナマで聴くのはもしかすると初めてかも。それも小川さんの歌唱で聴けるのは幸せである。間合いをたっぷりと取ったしっとりとした情感がとても素敵だ。
 最後はプッチーニの『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」。ソプラノ歌手のアンコールとしては定番中の定番。最後にプッチーニを聴けたのも嬉しい。小川さんの歌唱はプッチーニにもよく合っている。

 終演後、サイン会などはとくになかったが、小川さんはすぐにロビーに出て来られたので、関係者やファンの皆さんに囲まれての交流の場となった。本格的なオペラの舞台公演の時には、なかなかこういった機会が持てないし、また知り合いでもないので勝手に楽屋を訪ねるもの図々しすぎるかと、これまでは遠慮していた。今日は初めての機会だったので、ご挨拶させていただいた。初対面であっても気さくに話しに応じていただき嬉しかった。と同時にスター歌手としてのオーラが輝いているのを間近で感じた。素敵な人である。


 小川さんのこの後のスケジュールだが、藤原歌劇団の7月2日の公演『ノルマ』でタイトルロールを務める(日生劇場)。こちらは3回公演の中日で、1日と4日の主役はかのマリエッラ・デヴィーアさんである。7月14日・15日は大阪でバーンスタインのミュージカル(?)『ミサ』に出演する。その後は、10月27日〜31日、東京文化会館・大ホールで、三枝成彰さんの新作オペラ・ブッファ『狂おしき真夏の一日』というのに出演する。こちらはかなり面白い作品になりそう。もちろんチケット確保済みである。

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