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沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【Jun_17】時間の比較社会学

2022-06-16 | Mement_Mori
デラシネの代償としての未来。未来関心の基盤としての、共同体解体=過去の解体。
現に存在しないもの、過去にも存在しなかったもののうちにしか、人生の意味と根拠を求め得ない人々。
生きることの意味を、現在のうちにも過去のうちにも見出すことの出来ない人々。
そのような人々こそが、意味に飢えた眼を【未来】に向ける。
〈意味としての過去〉に代わる〈意味としての未来〉。

けれども過去と未来とがその定義上非対称であるように、
〈意味としての過去〉と〈意味としての未来〉もまた非対称である。
過去のもつ完結性や存在の確かさなどを、未来がもつことはより難しい。
人生の意味の安定性はもはや十全には修復しがたい。

アフリカやその他の第三世界でキリスト教的な未来の意識の導入が、
すぐに激しく具体的な救世主待望の運動を触発するのも、
これらの世界における【未来】が、
本来きわめて短い射程しか持ち得ぬと言うことと共に、
喪われた具体性としての過去を代位すべきものであるためであろう。


               (真木悠介著『時間の比較社会学』より)
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