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時期に遅れた追悼文

2020年10月09日 | 日記
今回も、別にマストドンの500字で書けないわけではないが、とくに残したいと思ったがゆえに、こちらに転載した、という種類の投稿だ。



今、三浦春馬が最期に出演していたドラマの「最終回」を見た

唐突に三浦春馬演じる登場人物が皆の前から姿を消す展開は、共演者が暴力事件を起こして突然姿を消した宮沢りえ主演のドラマを思い出させた。「あ、帰ってきた」というヒロインの表情一つだけで本人を映さないまま番組が終わるところまで同じだった

ただし、宮沢りえの方のどうでもいい不祥事2世「タレント」の扱いとは違って、三浦春馬という「俳優」(が演じる登場人物)が突然いなくなって、三浦春馬(が演じる以下略)の存在感の大きさを皆が噛みしめるという演出は、フィクションと現実の境界が失われたような感覚になったという意味で大変興味深かった

とはいえ、だ

突然本来の脚本が狂わされた不幸はあろう。「脇役たち」も頑張っているように見えた

それでも、三浦春馬という「スター」がいないだけで、画面で展開されていたのは退屈な茶番でしかなかった

単に能力があるだけでは、単に話の筋が通っているというだけでは、単に美貌があるというだけでは、埋められない「存在感」というものがこの世にはあるのだ

「我々」が失ったものは、本当に本当に大きいのだと、改めて思い知った