長文を書きたくなったときに置いておく場所

超長文用。500字のマストドン@boxingfan@mstdn.jp でも書けないようなやつはこちら

『風雲児たち』

2031年08月28日 | 日記
『風雲児たち』は、今日本に存在する漫画の中の、ベストオブベスト、最高峰の作品だ

〇〇

2022年02月18日 | 日記
🦀 スッベスベカニマンジュウ(無毒) @ken__tokyo@mstdn.jp
うんこ派とうんち派



僕が幼い頃に言い始めた大便のオリジナルの愛称?を、僕の親がいたく気に入ってしまい、我が家ではずっとそれを使い続けてきた

トイレに行く前には「〇〇してくる」と言い、便秘のときには「〇〇が出なかった」と言う

僕の知人に「うんちっち」と言ってる人がいる。俗称が生まれやすい物(行動)なのかもしれない。ただし、我が家のやつには、単語の中に「う」も「ん」も「ち」も「こ」も全く入っていない。文字数も内緒。完全なオリジナルな言葉。他人が聞いても何のことか全くわからないだろう

勘のいい人なら文脈で想像するかもしれないが、家の外では絶対に使わないので、それも想像だ

とはいえ、実は一度だけ、家族外の人間に口を滑らせたことがある。思わずその単語を口にしてしまった。それを聞いたSという同級生は、「〇〇って何?」と尋ねてきたが、僕は「え?なんだろ?自分で言ったことが自分でもわからないw」と誤魔化した。不自然だった。あのときの恥ずかしさは忘れられない。二度としないと心に誓った

でも、僕の中では、アレは〇〇だ。ずっとそうだ

外でアレを言うときは「大」「排泄」などで言い換える

うんこでもうんちでもない


2連続投稿をこっちに移す作業

2021年11月05日 | 日記
室橋祐貴(日本若者協議会代表理事)
立憲民主党はなぜ若者の支持を得られなかったのか?


立憲民主党はなぜ若者の支持を得られなかったのか?

歪められた教育の成果として、すさまじく自己肯定感が低く、自分を奴隷化する人間になびく傾向があることが最大の原因だろう。だから明らかにおかしな権力の行使にも全く文句を言わない

その意味で彼らの責任ではない部分は大きい

それでも、結果的にとはいえ、彼らの選択は非常に愚かだ。愚かなものは愚かだと指摘せざるを得ない。当然だ


たとえ自分たちのせいでなくても、そんなに自己責任論が好きなら、愚かであることへの非難を受け入れればいいのに、愚かだと馬鹿にされることはイッチョマエに嫌みたいだ。権力者にはオモネるくせに。その結果出てくる反論が「愚かだと馬鹿にして何が変わるのか、支持を失うだけだ」である。一見もっともらしい。しかし、自分が愚かでない証明は一切しない。愚かだ

そんな中、上記の論文は頑張ってる方ではある。支持しないのは愚かな選択ではないとする理由を探そうとはしている。ただし、支離滅裂と我田引水のオンパレードだが


この論考の何がダメかをちゃんと書くならこれと同じ字数が必要で、まあ、このブログになら書こうと思えば書けるが、面倒なので一部のツッコミどころをさわりだけ挙げる


>若者が求めている政策を掲げていない(一部方向性は合致していても実現性が低い)

「多くの若者が実現性が低いと思っている」ならまだしも、「低い」と言い切るのは、それ、あなたの意見ですよね?少なくとも、合致する部分と合致しない部分があると認めながら、「若者の方を向いていない」という主張は強引過ぎる。実現可能かどうかは別次元の問題だ


>近年の立憲民主党は全体的に左に寄りすぎており、中道左派でさえ、支持できない状況になっている。一方の自民党は、中道左派の支持を集めるためにむしろウイングを広げており、企業経営者が嫌がるようなリベラル政策も実施

>立憲民主党は、(略)経済に悪影響を与える社会主義政策を掲げる一方、保守的な減税も掲げる。全方面にいい顔をしようとして、一貫性のない、あまりにも安直な政策


どっちやねん



フジロックを批判する「痛いニュース」私見

2021年08月28日 | 日記

500字2回でマストドンに書いたことをこちらにまとめておこう。まとめるならもう少し論理性を高めるよう書き直したい気もするが、まあ、言いたいことは言えたと思うので、2投稿続けてそのまま貼るだけにしとくか


痛いニュース
「フジロック開催、国から支援受けていた…3日間で9000万円補助」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/2010074.html




この時期に観客を集めて開催したことの是非については、僕もフジロックに全面的な賛成はしない

しかし、それはそれ単体で批判すべきだ

「オリンピックが感染を拡大した」という言説の正しさと、それがどこで発言されたかは関係ない。オリンピックを正当化したい人間が、正当化のためにフジロックを批判するなら、それは誤りだ。答えは「どっちもダメ」。フジロックを批判するならオリンピックも批判しなければ整合性はない

そして、このリンク先で支配的な「政府の補助金で政府批判をするな」は、根本的に誤っている

権力を掌握し国中から金を集める存在には、金を出して人々に言論の場を構築する責任がある。それが「言論の自由を保障する」ことだ

言論の自由の第一義は個々の言論に介入しないこと。しかし、それだけでは言論の自由は保障されない。より積極的な補助がなければ、言論の場は生まれない。政府は、不介入に加えて、金を出さねばならないんだ

政府の関与した場では政府の批判が許されないなら、そこに言論の自由はない


もちろん、あらゆる表現者に対して国が補助しなければならない、なんて理屈はない

表現に対して介入しないという形の自由の保障とは違い、公金を支出して補助する以上、「誰を補助するか」については政府の裁量が存在する

その裁量権の存在が、「国の金を使って国の批判をすることは許されない」と言い張る人間の実質的な根拠だろう。しかし、それは根本的に誤っている

その裁量の本質は、「誰に金を出せば、より、文化が発展し、芸術的価値を奨励することができるか」という判断であり、そうでなければならない。その判断には、積み重ねられてきた文化的歴史的価値に基づくものでなければならないという制約があると同時に、その価値を一義的に決める資格は、国といえど有していない

まして、政府にとって都合のいい言論だけに金を出すことなど許されない。芸術的文化的価値の判断に一定の裁量があるとしても、言論内容を判断要素とすることは完全な他事考慮であり、言論の自由の侵害であるとともに、裁量権の逸脱となる

もしフジロックの出演者に音楽的価値がないと言うなら、ただの馬鹿だ



わざわざ鼻持ちならない家系自慢をしてみる

2021年05月07日 | 日記
今回もマストドンからの半ば転載。500字に無理やり押し込んで投稿した面もあるので内容を足したいと思ったことと、かなり僕の内側にかかわる問題なので、こちらにも書きたいと思ったこととで、久しぶりに書いてみる

家系自慢などというものの常として、はっきり言ってかなり差別的な内容ではあるが、僕という人間に流れるものとして実際のところなので、言葉を選ばず書いてしまおう



フジイユウジ @fujii_yuji@mstdn.fujii-yuji.net
ほとんどの国民は農民出身なのに「サムライの末裔」みたいに言ってるのウケるなーと思ってたけど、北欧の友人も「俺達はバイキングの末裔」って言ってたし、こういうのにロマンを感じるのは世界共通にゃんね

https://mstdn.jp/web/statuses/106191171433340839



僕の父親の方の家系は、僕の曾祖父のあたりの代まで庄屋階級だった。多分苗字帯刀が許されていた。経済力や格式では、たとえばいわゆるサンピン侍なんかより上だが、しかし階層としては「農民」で、自慢するには微妙なところだ。なので、父親から聞かされた以外では、リアルで人に言ったことはほぼない

相手がそれなりの教養人でない限りクドクド説明しなきゃいけないし、説明したところで「元は田舎者だった」ということの証明をしているだけの面もあるし、しかも、戦後の農地改革を迎える前に投機(≠投資)に失敗して全財産をすっている。曽祖父が他人の借金の保証人になって踏み倒されて財産を半分失い、それを取り戻そうと先物取引に手を出したのだそうだ。呆れるほど典型的な愚かさだ。相当のボンボンだったようで、簡単に人に騙されたわけだね。父祖伝来の土地を祖父が逃げ出して以来、今となっては何も残っていない。そんな出来事を詳しく話しても、笑い話や貧乏自慢の類にしかならない

正確には、その地域に今も残っている、元は蔵だった建物(不動産)について、16分の1だかの相続分が残っていることが最近分かったそうだ。自分のルーツのよすがとして、父には多少の関心があったようだが、僕には何の興味もないし、場所も知らない。父が結局放棄したのかどうかも覚えてないなあ



それに対して、母親の方の曽祖父までは某徳川譜代大名家の家老職にあったそうだ。こちらはれっきとした武家だ。自慢するならこっちだけにしておく手もある

ただし、天皇の承継問題を見ても、夫婦同氏原則も手伝って存在する「家系を残せるのは男の子だけ」という社会通念からしても、「女系」に対してはこの国はとことん冷たいので、母親の方の家系はそもそも自慢できる類のものではないのかもしれない。少なくとも、家系なんぞを重視する人間の多くは、同時にそういう種類の差別者かもしれない

ちなみに、いろんな場所で言っている僕一人説の繰り返しだが、僕が夫婦別姓(選択的夫婦別氏導入)に反対しているのは、導入賛成派のかなりの割合を、「女の子に生まれても家系を残すことができてもいいはずだ、そのために結婚を躊躇しているカップルがある」などという、封建的なタワゴトを理由にする人間が占めていることに理由の一つがある。少なくとも、与党自民党内では、こんなことが最も重点的に議論されている。「法律婚をして非嫡出子となることを回避する」という目的などもそうだが、別姓導入の根底に既存の差別の温存・強化の意思が見え隠れする。差別反対のような顔をしながら、自身が差別者に回ることを希望する振る舞いが別姓導入賛成という行動だというのが、僕の見方だ

それに加え、立派な武士には、基本的に清貧思想がある。そこそこの侍でも、ほとんどの場合で金持ちではない。『風雲児たち』で知った話だが、身分の高い武士は石高は高くないという法則もあったようだ。腐敗を防止するための制度ということらしい。正確な我が曽祖父の俸禄は知らないが、譜代大名のほとんどは石高は低く、その家老の末席にいたくらいでは、大した数字ではあるまい

この世界では重商主義が席巻している。四民平等となり富国強兵に突き進んで、階層問わず軍役に就くと同時に、商業と工業が最も重要となった明治以降はもちろんのこと、江戸時代はもちろん、実際には楽市楽座の織田信長のあたりから、この日本では、裕福なのは商売に成功した人間だけだ。秀吉のような天下人をはじめとする大大名などは例外として、多くの武士は今でいえば公務員でしかなく、廃藩置県以降はただの一般人である

僕の母方の曽祖父は、廃藩置県で任を解かれ、北海道開拓使になった。祖父は北海道出身だ。とくに北海道で成功したわけではなく、今は北海道と何の縁もない。ものの見事に平民である。元士族として、父方とは違ってとくに没落するに至った事件は起きていないが、経済的にずっと庶民だ



この二つの家系がミックスされて生まれたのが僕だ

僕は武家の末裔だろうか

田舎の百姓の出だろうか

どちらも調べればかなり古い時代まで家系図が残っているそうだけどね



格と富を兼ね備え、それを現代まで維持し続け、同じ出自の家同士で半ば近親交配を続けたような人間以外、家系なんぞ自慢しても何の意味もないということなのだろう。自慢が成立することが素晴らしいかどうか以前に、多くの場合で、そもそも自慢する対象が何も残ってなどいない

それでも遺伝子の継続とするなら多少の意味もあるかもしれないが、養子という制度がある以上、それも関係ない



みなもと太郎
「家系図が古いことを自慢する人間など軽蔑する。人類は皆、万世一系のホモサピエンスではないか」