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エレファントカシマシ

2011-09-21 05:41:09 | 日記
エレファントカシマシ(THE ELEPHANT KASHIMASHI、ELEPHANT KASHIMASHI)は、1981年に結成された日本のロックバンド。
バンド名は漫才トリオのかしまし娘と映画「エレファントマン」のインパクト、音が気に入って遊び半分でつけたがそれ以上の意味はないとHEY!HEY!HEY!で宮本が語っている。彼らの音楽はROCKIN'ON JAPANの編集長山崎洋一郎や渋谷陽一らに常に高く評価されている(ちなみにこの両名は『CHERRY BOYS』と称してポニーキャニオン以降のアルバムのクレジット欄にSpecial thanksとして記されることとなる)。 また影響を受けたミュージシャンは数多く、2003年にはトリビュートアルバム『花男』が発売された。 日比谷野外音楽堂でのコンサートは1990年以来毎年行われている。 公式ファンクラブは「PAO」である。
宮本浩次(みやもと ひろじ、1966年6月12日 - )
東京都北区赤羽台出身。ボーカル&エレクトリックギター&アコースティックギター担当。主な使用機材は「TANGEMAN STRAT」「N.Y LAB TELE」「K.Yairi」。昔は「六絃(Rokugen)」「Gibson」「G&L」「Journeyman」などを使用していた。
詳細は本人の項目を参照。
石森敏行(いしもり としゆき、1967年3月18日 - )
東京都北区赤羽育ち。エレクトリックギターを担当。主な使用機材は「Gibson Les Paul」もしくは「fender Stratocaster」「moon TELE」。愛称は「石君(いしくん)」。
宮本との共作クレジットは、ガンダーラコンビネーション。
宮本・冨永とは北区立赤羽台中学校にて1年時同じクラスだったことから知り合う。
デビュー当初は宮本と同じくらい話すキャラであったが、EPIC時代後期から口数が少なくなってしまったらしい。
宮本と特に仲がよく、ライブやTV出演時において宮本に一番いじられる。叩かれたり罵られたりと不条理な扱いを受けることが多いが、決して怒らず笑っている。ツアー先や合宿先ではよく一緒に美術館に行ったり散歩などに出掛けているらしい。
さらに宮本は頻繁に石森の家を訪問するという。宮本曰く、「表情だけで何を考えているか分かる」「相棒」。
宮本に心酔しており、尊敬する人物を訊かれて「ミヤジ」と答えるほど。しばしば「こんなに凄いミヤジが死ぬなんて信じられない」と発言するらしい。曲作りや録音作業で宮本を手伝うことが多く、機械を苦手とする宮本に代わり機材を操作している。「good morning」ではエディターとしてクレジットされている他、シングル収録の弾き語りVerの録音にも携わっている。
またライブのセットリストを宮本と共に決めている。
髪型は現在丸坊主。初期のパンチパーマからやや長めの黒髪、短髪で金髪、赤髪、オレンジの髪と変遷が激しい。非常に険しい形相でガニ股でギターを弾いているが、「一生懸命弾いているから」とのこと。
体力の維持を心掛け、ジム通いや走り込み、水泳などの運動をしている。180度の開脚が可能なほど身体が柔軟。このため筋肉質で引き締まった体をしているが、「エレファントカシマシ5」の時期には、80kgを超える体重だったという。酒に非常に弱く、コップ半量のビールで二日酔いになる。また肝臓を壊したこともあり、あまり酒は飲まないようにしているらしい。
既婚(三度目)。身長173?。
高緑成治(たかみどり せいじ、1966年4月15日 - )
東京都中央区月島出身。エレクトリックベースを担当。主な使用機材は「TopDog J.Bass」。
愛称は「成ちゃん(せいちゃん)」。宮本との共作クレジットはダンディーブラザーズ。
常に寡黙で顔の彫が深く、味のある顔立ち。宮本は初対面時、高緑があまりに美形だったため照れてうまく話せなかったと言う。
冨永とは高校の同級生で共に頭髪検査に引っ掛かったと言うきっかけで出会い、仲良くなる。そして冨永経由で宮本・石森とも知り合った。元は6人ほどいたバンドメンバーが宮本・石森・冨永の3人となってしまった際に勧誘され、加入することとなった(尚元はギタリストであったが冨永の勧めで加入に当たりベーシストに転向)。加入以前に何度か旧メンバーのエレカシのライブを見に行っており、「かっこいいな」と思っていたようで、バンドに誘われた時、宮本に「やる?」と訊ねられ、「やる」と即答した。この時、お台場(その当時は今のような観光地ではなく開けた場所だった)に行って全員で乾布摩擦をしたというエピソードがある。
「ROOTS」で暴露された話によると、ある日、宮本と冨永が高緑の家に遊びに来た際、父親に起こされたところ「来ても起こすなって言ったろ!」と怒鳴り親子げんかになった。気まずくなった宮本らはその日は帰ったという。宮本と冨永は「あれは困った」と、今では笑い話になっている。実家は銭湯だったが、月島周辺の再開発の波に呑まれ現在は閉店している。風呂屋の息子なためか焼くことが好きで、メンバーで焼肉やもんじゃ焼きを食べに行くとひたすら焼く係になるらしい。
「STARTING OVER」のジャケット写真でオールバックにした髪形を披露。オールバック以降はハットを被ることが多くなり、ライブ中にしばしば宮本に奪われている(しかしながら宮本は取り上げるだけですぐに高緑に返す)。
クールなキャラだが宮本曰く内面は「ピュア」で外見と非常にギャップがあるとのこと。またぬいぐるみや犬が好き。
既婚で一児の父。身長179cm。
冨永義之(とみなが よしゆき、1966年4月14日 - )
東京都北区赤羽出身。ドラムスを担当。愛称は「トミ」。
宮本との共作はないが、バンド史上宮本が携わっていない唯一の曲「土手」の作詞作曲者である。
宮本・石森とは中学の同級生、高緑とは高校の同級生だったことで知り合う。宮本には「パワフルドラマー」と称される。口数はあまり多くない。ややぶっきらぼうな喋り方をする。石森の次によく宮本にいじられ、しばしば照れくさそうな表情を見せるが、少年時代は宮本曰く「危ない子」だったとのこと。
少年時代の武勇伝は多く『鉄塔などに登ってぶら下がる』『台風の日に海に飛び込み、「石君達もおいでよー!」と叫ぶ』『人通りの多い急坂をスケボーで走る』など、かなり活発な少年であり、中学時代は入学初日に通学鞄を潰し、学ランのボタンを外して登校するなどかなりのヤンチャ者で、バレンタインに大量のチョコを貰うなど非常にモテたという。
宮本や石森が洋楽のロックミュージックを聴き始めたのは冨永の影響であり、冨永自身は楽器をしていた兄の影響を強く受けている(尚ドラマーになったのは、兄がギターやベースを既にやっていたから)。
石森と共にエレファントカシマシを立ち上げた人物。また高緑を加入させることを決めたのも冨永であり、現在まで続く4人体制を確立した張本人である。高緑と特に仲が良く、ツアー先では一緒に飲みに行くことが多いらしい。
頼り甲斐ある性格で宮本曰く「兄貴分」。過去、付き合っていた女性に振られ落ち込んでいた宮本から愚痴や相談の電話を延々受けていたと言うエピソードがある。
ハーレーのバイクや車など乗り物を愛好する。またバーボン・ウイスキーなどきつい酒が好きで、酒を飲むと記憶が飛ぶらしい。
2006年に慢性硬膜下血腫を発症するが手術で無事完治。
既婚。身長168cm。
エレファントカシマシの引用元
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