◆ 住友が銅の生産で一帯を禿山にしたおかげで大水害が発生(1889年=別子大水害)、住友は植林だの精錬所の移転だの後始末に忙殺される破目になり田中正造から皮肉にも褒められることに。 ◆ 日本のテレビコマーシャルの誕生は、この日フィルムの裏表をひっくり返したことで始まった(1953年=NTVが本放送開始)。 ◆ 上の階のピアノのうまさに嫉妬した男が、そのピアノを持っていた一家を皆殺しに(1974年=ピアノ騒音殺人事件)。
◎ ◎ 第5回 今年始まる標高3800mの森づくり / Webナショジオ・インタビュー 野口健 ◎ ◎
- - -Webナショジオ Webナショジオ・インタビュー 野口健 / インタビュー・文=高橋盛男/写真=藤谷清美- - -
=1999年、七大陸最高峰の世界最年少登頂記録(当時)を樹立した登山家であり、近年では清掃登山やシェルパ基金の設立、ネパールでの学校建設、戦没者の遺骨収集などに取り組んでいる野口健、再びカメラを手にしたことで、新たな世界が切り開かれたという。=
――最近は、年に一度はアフリカへ行っているそうですね。
高校2年のときに、タンザニアのキリマンジャロに登ってから、ずっとアフリカにはご無沙汰していました。その後、ウガンダとコンゴ民主共和国の国境にあるルウェンゾリ山地へ行きたいと思っていたのですが、現地の治安の悪化で、1997年から2001年まで入山禁止になり、チャンスがありませんでした。
ようやくルウェンゾリ山地に行けたのは、2010年。それから、アフリカ通いをするようになりました。
――野口さんは、ブログで「ヒマラヤへは空白をつくりに行く」と書いています。一方、写真集では「アフリカの山は楽しい」と述べています。どのような違いがあるのですか。
ヒマラヤへ行くのは、日常から逃げ出すような感覚がありますね。日本にいると、日々忙しく動き回っているから、ゆっくりものを考える時間がなかなか持てない。 ヒマラヤの山の中は、まわりに人がいないですし、歩いていても山小屋にいても、思うにまかせてあれこれ考える時間は十分過ぎるほどあります。ある意味、その時間が僕にとっての貴重な「空白」なんです。
アフリカは山や自然もいいですけれど、僕が訪れた国に限っていえば、興味深いのは人間です。生々しくて、ギラギラしている。
――生々しくて、ギラギラとは?
日本人では考えらないほど、感情の起伏が激しい。喜怒哀楽の感情が、振り切れるという感じですね。動物的というか、本性むき出し。何でそこまで本性をむき出しにできるのかと思うほど。1カ月もいて帰ってくると、ヘロヘロになってしまいます。
たとえば、アフリカの人たちは、写真を撮られるのを極端に嫌がります。いきなりレンズを向けると本気で怒る。日本にいる僕らは日々、どこか感情を抑えて生活しているでしょう。でも、彼らにはそれがない。うらやましく思うんです。でも、一方ではあの感情の爆発は恐いな。相当に危険だとも思います。
――危険というと、命にかかわるような意味での危険ですか。
そうです。感情が異常に高まると、彼らは即座に暴力的になってしまうことがあるんです。 ケニアのナイロビに行ったとき、現地コーディネーターに「ナイロビの街では、絶対に走ってはいけない」といわれました。
大人が走っていると、物を盗むか何か、悪いことをして逃げていると思われるんです。それは日本でもありますが、走っている人を見ると街の人たちが皆、一斉に追いかけて、捕まえたら寄ってたかって殴る蹴るの暴力を振るうというんです。リンチですよ。
僕が直接見たわけではありませんが、泥棒をした男が広場に追い詰められ、トラックの古タイヤに入れられて、ガソリンをかけて火をつけられたという報道が、滞在中にありました。コーディネーターに、街の人は正義感から追いかけるのかと尋ねたら「日ごろの鬱憤がたまっているせいだ」と言っていました。 感情の起伏が激しいので、集団心理で怒りに火がつくと、止められないんですね。
――日本人も、日ごろの鬱憤はたまっていると思いますが、まずそういうことはないですね。感情の抑制が利いているからでしょうか。
直接行動としては起きないけれど、本質は変わらないと思います。何かあると寄ってたかってたたくというのは、週刊誌などメディアの論調にもよく見られるでしょう。 アフリカの人たちは何ごとにつけ、感情表現が直接的なだけに、人間の本質がそこに見てとれるように思えるんです。だから、興味深くて、アフリカに行くのは楽しい。ただ、ワイワイとはしゃぐような楽しさではないですね、疲れる楽しさです。
――話は変わりますが、年頭でもありますので、今年の野口さんの抱負を教えてください。
今年からまたひとつ、ネパールで新しいプロジェクトをスタートさせます。僕たちが学校をつくったマナスルの麓、標高3800mの高地に森をつくるんです。
マナスルは初登頂したのが日本人で、それ以来、日本の登山者も多く、地元では「ジャパニーズ・マウンテン」と呼ばれるほどです。それが縁で、現地の村に学校をつくるプロジェクトを始めたのですが、今度はそこに森をつくるんです。 <
現地で聞いた話では、もともとその一帯は森に覆われていたそうです。しかし、ネパールの人は、木を伐れば伐りっ放し。日本のように、伐ったら植えるという文化がありません。そのため資源が枯渇して、それが生活の困窮にもつながっています。森が復活すれば、失った資源を再び獲得できるし、村に仕事もできるでしょう。
――しかし、標高3800mの高地で、木が育つのですか。
つくばにある研究機関に相談したら、さっそく現地に調査に行ってくれました。結果は、可能だとのこと。それほどの高地に森を復元することは、世界的にも例がないので、ぜひトライしたいと言ってくれました。夢のある、楽しいプロジェクトになるだろうと期待しています。
・・・・・・明日 ( Webナショジオ・インタビュー/ 野心家だった父・ヒラリーのコンプレックス ) に続く・・・・・
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