☆★ かつて一世を風靡した「でつ」の誕生日。&so、ayuのお誕生日でもある。誕生花の花言葉は「乙女のはにかみ」「逆境と繁栄」「野性的な美しさ」……高須の作品であるあゆみさん? ごまかしてるでしょう? 誕生日も。☆★ 「戦争をするくらいなら部屋にこもってオナニーをすべき」と説いたマハトマ・ガンディーが生まれる(1869年)。よって、今日をこの日を“国際非暴力デー”と国連決議。☆★ 日本における理系の優遇が決定的になる(1943年)。文科系学生の徴兵猶予を全面停止(学徒出陣)。
本日記載附録(ブログ)
カホキア (Cahokia) は、アメリカ先住民が築いた大遺跡。現在のアメリカ合衆国中西部、東部および南東部に広まり、ミシシッピ文化期(A.D.700年~1600年頃)の大遺跡。1450年頃から衰退に向かうが、人口過密と伝染病が原因と考えられている。
ミシシッピ文化(Mississippian culture)は、マウンド(塚、上に住居や墳墓などを建設するために積み上げた人工の丘)を構築したインディアン文化であり、地域により様々な形態をなした。その人々は持っていた技術からみてヨーロッパの銅器時代に比定される。マウンドの機能はミシシッピ文化共通の特徴でもあるが、基本的には神殿と考えられる。
防御用と推定される柵で囲まれた遺跡の中心部分には、「中央広場」を囲んで20基ほどのマウンドがある。そのうち最大のものはモンクス=マウンド (Monk's Mound) で、底面積の大きさでは、エジプトのピラミッドやテオティワカンの太陽のピラミッドを上回る。遺跡の中心部を囲んで北側、東側、西側にも広場を囲むようにしてマウンドが築かれ、マウンド数は合計120基ほどである。
【この企画はWebナショジオ】を基調に編纂(文責 & イラスト・資料編纂=涯 如水)
=キャッチコピー=記載後消去……
◇◆ アネリカ先住民が築いた大遺跡・カホキア(仁徳陵古墳の長辺60%、高さは同相)の謎 =6/9= ◆◇
== 大都市・カホキアの衰退はなぜ? 「過剰な伐採」説を否定 ==
カホキア研究を主導し、ランキン氏の指導にもあたっているイリノイ大学のティム・ポーケタット氏も、文化による世界観の違いをもっと重く受けとめるべきだという意見に賛同する。「使いすぎたとか、失敗したというのは、西洋的な考え方です。西洋的な考え方から離れて、彼らがそれとは違う形で環境に触れていたことを尊重するのです」
そう考えると、カホキア滅亡の裏には複雑な理由があった可能性が高い。米セントルイス・ワシントン大学の人類学者で、ランキン氏の論文を査読したトリストラム・キッダー氏は、「人間は、すべてを説明できる一つの原因を求めがちです。そのほうが、問題を簡単に解決できるように思えるからです」と言う。
単純化とは、カホキア人が木を切ることをやめれば、すべてがうまくいっていたかもしれない、というような考え方だ。現在の例に当てはめれば、私たちが電気自動車に乗り換えさえすれば、すべてがうまくいくようになるかもしれない、ということになる。しかしキッダー氏は、現実ははるかに複雑で、その複雑さと向き合うことが必要だと言う。
1993年に過剰伐採説を提唱した考古学者の一人で、現在はミズーリ州立大学に在籍するロピノット氏は、ランキン氏の研究を歓迎している。当時の仮説は、カホキアの謎を合理的に説明する試みの一つでしかなかったという。
ロピノット氏はこう述べる。「カホキアは一夜にして衰退したのではなく、ゆっくりと滅びていったのです。人々が去っていった理由はわかりません。政治的な権力争いや戦争、あるいは干ばつや疫病かもしれません。まったくわからないのです」
しかし、手がかりはある。末期のカホキア人は、町の中心部を囲うように防御柵を建てていた。つまり町の内部で争いが起こっていた可能性がある。さらに、この地域で大規模な干ばつが起き、食料生産が難しくなった可能性を示す予備的なデータもある。だが、こういった手がかりは、さらに詳しい調査が必要なものばかりだ。
ランキン氏は、「物理学では、環境を整えて実験すれば、探していた答えを得ることができます。しかし、考古学ではそうはいきません」と話す。考古学では、現場に出かけていって発掘を行わなければ、何も見つけることはできない。
次回は“カルーサ王国の巨大住居跡を発見、記録と一致”に続く
⨁⨂参考資料: ミシシッピ文化、カホキアは洪水で衰退(2/2) ⨂⨁
◆花粉の分析からわかる農耕文化の盛衰
今回の研究では、ホースシュー湖の堆積物コアから見つかった花粉沈殿物の分析から、農耕の隆盛と、それに伴う急速な森林伐採の状況が判明した。この地の農耕は西暦450年前後に始まり、900年から1200年にかけてトウモロコシの栽培がピークに達する。
堆積物コアの分析によると、その後に問題の大洪水が発生し、そこから先はトウモロコシの栽培が衰退していくという。花粉記録によると、1350年までに、この地では農業がほぼ行われなくなっていたようだ。
花粉記録の研究を専門とする地理学者のムニョス氏は、ミシシッピ文化が栄えた北米の南東地域について、花粉記録に関する研究が非常に少ない点に着目したという。「さらに、大きな考古学遺跡の周辺地域については、ほとんど過去の研究がない状態だった」と同氏は指摘する。
そこでカホキアに近いホースシュー湖の存在を知り、ここは調査してみる価値があると考えたとのことだ。
「こうした氾濫原にある湖は長い間、こうした花粉記録の調査箇所としては見逃されてきたが、非常に大きな価値を持つ可能性がある」とムニョス氏は述べている。同氏の研究は、ナショナル ジオグラフィック協会の助成金を受けて実施されている。
しかし、カホキア衰退の謎に関するこれほど大きな手がかりを得られるとは、ムニョス氏にとっても予想外のことだったという。「自分たちが見ているものが洪水の痕跡で、しかもその発生時期がちょうどカホキアにとって重要な時期にぴったり合致することがわかったときには、胸が躍った」と、同氏も発見時の驚きを語っている。
この研究は、米国時間2013年10月27~30日にコロラド州デンバーで開催されたアメリカ地質学会(GSA)の年次総会で30日に発表された。Photograph by Ira Block, National Geographic
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= Cahokia - City of the Sun =
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