○◎ 「忠誠がわれを縛る」 ・ リチャード3世 ◎○
◇◆ クラレンス公ジョージの処刑とリチャード ◆◇
1476年、ジョージの妻イザベラが他界した。 するとクラレンス公ジョージは、妻の死は兄嫁の王妃エリザベス(前節参照)が毒を盛ったとか、呪いをかけたためだと言いだした。 さらにかれは、兄国王の意に反して、1478年の新年、フランスのブルゴーニュ公の娘メアリーと再婚しようとした。 ジョージは、この結婚によってブルゴーニュ公と手をむすび、兄に対抗しようとしたのである。 ジョージは、兄にたいする嫉妬心に蝕まれていた。
次にジョージは、「兄エドワードは非嫡出子で、国王になる資格はない、自分こそ正統な王である」というようなことまで言いだした。 それも、最初のうちは周囲に愚痴るように言う程度だったが、しだいに公然と兄を非難し、自分の正統性を主張するようになった。 【ところで、エドワード4世非嫡出子説は――かれは母親の不倫の子であるというもので――のちに、リチャードが甥から王権を簒奪するときにもでてくるが、真偽のほどはわからない。 史実は、未来の国王であるエドワードは、ルーアン(フランス西部)で1442年4月28日に生まれ、すぐに洗礼を施された。 エドワードの誕生日前後、ヨーク公不在の時期にあたるため、後にエドワードがヨーク公の実子ではないという議論がなされることになった。 実際の所どうなのかは不明だが、事実としてエドワードは早産であり、早逝の恐れがあったので急いで洗礼を施された。】
エドワード4世にとって、弟ジョージは手に負えなくなってきた。 そして、危険な存在となってきた。 このまま放っておけば、身内の不和につけこんで、スキあらば と狙っている内外の敵が、いつ動きだすかわからなかったからである。 ヨーク家の上に、ふたたび暗雲が垂れこもうとしていた。 ヨーク家の分裂の危機にさらされたエドワード4世は、いつまでも黙って見過ごしているわけにはいかなかった。 その結果、クラレンス公ジョージは、ついに王権を奪取しようとした反逆罪で捕らえられ、死罪となったのである。
クラレンス公の処刑は、1478年2月18日に執行されたが、それは公開ではなく、ロンドン塔で密かにおこなわれたという。 そのために、かれの処刑はいろいろな憶測を呼ぶことになった。 テューダー王朝のリチャード3世極悪人説をとる者は、ジョージの死はリチャードの陰謀だという。 かれが国王とジョージを故意に仲違いさせ、ジョージに謀反の疑いを着せて反逆罪での死罪に追い込んだと。 それも国王はそれに乗り気でなかったのを、リチャードが強引に死罪にもっていったと・・・・・・・。
しかし、当時はそのようなリチャード陰謀説はなかった。 むしろこれとは逆に、リチャードは最後までジョージをかばい、死罪には反対だった。 ジョージが処刑されたとき、リチャードはそれを悲しんでいた、という記録があるくらいだという。 また事件の経過からみても、リチャード陰謀説は考えられない。 リチャードは、これまでもふたりの兄のあいだを取り持つ役割を果たしてきた。 ここで急にジョージ殺害に転じるのは不自然である。 かりにリチャードが兄ジョージを強引に死罪にもっていったとしても、彼に得るものがあっただろうか。
国王エドワード4世は健在で、その長男エドワードも皇太子に決まっていた。 そしてもうひとり息子がいた。 ここでリチャードがすぐ上の兄ジョージを殺害したとしても、王冠にはまだまだほど遠いのである。 このころからかれが「いずれ王権を奪取してやろうと」と考えていたとしても、王位継承権の低いジョージから、陰謀をめぐらしてまで殺害するといったまどろっこしいことをしただろうか。 こうした状況から考えても、リチャード陰謀説には無理があるのである。 次回にリチャードにスポットを当てて彼が兄・エドワード4世への忠節ぶりを記してみるが・・・・。
それよりも、ジョージの非公開での処刑は、エドワード4世の命令だったといわれている。 ジョージは、再三にわたって謀反をくわだて、王権をゆさぶってきた。 エドワード4世にとってかれを生かしておくのは、もはや危険すぎたのである。 非公開処刑にしたのは、兄としての、弟にたいするせめてもの温情だったのだろう。
そればかりではないかもしれない。 国王にとっては、身内の公開処刑で、王室内の混乱を衆目にさらすわけにはいかなかったのだろう。 クラレンス公ジョージには、静かに消えていってもらいたかったのである。 それでも口さがないロンドンっ子は、謀反をくわだてつづけて処刑された愚かなジョージを、「マームジー(白ブドウ酒の一種)の大樽のなかで溺死させられた」と揶揄したという。
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