館山市指定史跡 「大寺山岩窟墓及び出土品等」
総持院(大寺)の裏山中腹には海蝕洞が3つあり、最も奥の第1洞から舟形木棺、鉄製甲冑、太刀、剣、青銅製鈴、勾玉、管玉、須恵器、土師器などが発掘されています。
発掘品は縄文時代から古墳時代にわたり、特に舟形木棺の埋葬は5世紀前半から7世紀前半だそうです。
鉄製甲冑は三角の鉄片を皮ひもで繋いだもので、埋葬者は東京湾入り口を支配した海人で、同時期の巨大古墳に祀られる人より地位が高かったとも言われています。
手前の第3洞は海抜27m、上部には鎌倉時代に掘られたと思われるヤグラが見られます。
第2洞はほぼ埋まった状態です。
第1洞入り口、鉈切洞穴より少し高くて海抜30m。
垂直の岩壁下部に開口しています。
大寺山から見た館山湾と三浦半島。
縄文時代後期には目の前が海、古墳時代でも海まで200m位だったそうです。