大阪に住んでいたとき、気になっていたけれど、行けなかったお店がいくつかあります。
そのうちの一つが、かすうどんの店でした。
新型コロナが流行る前、よく昼ご飯を食べに行っていた、お魚のおいしい店がありました。その店が新地に移転した後、うどん屋さんができました。店の前に、「かすうどん」の幟が立っていました。
新大阪界隈は、ラーメン屋の激戦区でしたが、そば屋やうどん屋はそれほど多くない。いつか行こうと思っていたのですが、行く機会がないまま、理由はわかりませんが、店仕舞いになってしまいました。
行きつけの居酒屋「ペルル」での会話。
犬鍋「新しいうどん屋さん、もう閉まっちゃいましたね」
ペルルのマスター「ああ、かすうどんの店ね。一度行ったけど、けっこうおいしかったですよ」
犬「たぬきうどんですか?」
ペ「たぬき? いや、かすうどんですよ」
犬「かすうどんって、天かすが入っているんでしょう?」
ペ「天かすじゃなくて、あぶらかす」
犬「あぶらかす?」
ペ「そう。牛の腸を揚げたやつ。もともとこっちの食べ物だよ」
マスターは、そう言いながら、意味ありげに4本指を突き立てます。
犬「…」
もともと、東京と大阪では、「たぬき」の定義が違う、ということを聞いたことがありました。東京では油揚げが入っているのが「きつね」で、天かすが入っているのが「たぬき」。それぞれ、うどんとそばがあります。ところが、大阪では、「きつね」は油揚げの入った「うどん」を言い、「たぬき」はやはり油揚げの入った「そば」を言うんだそうです。
天かすは、店によりますが、最初からテーブルに置いてあって、勝手に入れてよい。
で、「かすうどん」というのは、「天かす」ではなくて、「あぶらかす」が入っているんだそうです。
その後、上原善広著『被差別のグルメ』という本(新潮新書、2015年刊)を読んで、かすうどんがどんなものかを知りました。
かすうどんに使われている、「あぶらかす」は、「路地」(本書で「被差別部 落」を指す言葉)を代表する食材なのだそうです。
あぶらかすは、古くは牛の生の腸をそのまま鍋に入れて、じっくりと弱火で長時間、火を入れる。すると、腸に大量についていた脂が溶けて、鍋は脂でいっぱいになる。この脂で、腸がカリカリに揚がり、残った脂はヘット(牛脂)になる。つまり、あぶらかすとは、ヘットというあぶらをとるのが目的で、その残りかすが「あぶらかす」だ、ということです。
そして、「路地」では、「あぶらかす」が好んで食べられ、うどんに入れて「かすうどん」になったと。
同じ著者の別の本、『被差別の食卓』(新潮新書、2005年刊)によれば、「路地」出身の著者は、子供のころから「あぶらかすと菜っ葉の炒め物」や、「あぶらかすを入れた即席ラーメン」などを、週2~3回食べていたのだが、中学生になって、「あぶらかす」が実は一般的な食べ物ではないことに気づき、ショックを受けたそうです。
あぶらかすは、主に関西方面の「路地」でよく食べられている食材で、東日本の「路地」ではほとんど知られていない、とのこと。
「かすうどん」が大阪南部(河内)で流行るようになったのは、21世紀に入ってから。パチンコ屋の片隅で始めた店で、「かすうどん」を出したら、爆発的に流行。関西を中心に、兵庫や岡山にも進出し、チェーン店になったそうです。新大阪に出来たお店も、そのチェーン店かもしれません。
2月に東京に戻ってきたとき、「かすうどん」を検索してみました。すると、東京にも何軒かあり、その一つが、私の通勤ルートにもあったので、ある夜、行ってみました。
その店は、学生街の一画にあり、10人も入ればいっぱいになりそうな、狭い店。
私が行ったのは、夕方でしたが、客は私一人でした。店は、天井が高く、コンクリートの打ちっぱなしの、カフェバー風のおしゃれな店です。
店名は、KASSU The Udon Loungeと、こちらもおしゃれ。予想していたものとはまったく違う、斬新な店でした。
店は、20代の若い男性が一人でやっていました。メインはかすうどんでしたが、店内のテーブルには、とんかつをおかずにしたお弁当がたくさん並び、お客さんはお弁当をテイクアウトで買っていく人が多いようでした。
私が座ったカウンターからは厨房内が見え、マスターが、冷蔵庫からとりだした「あぶらかす」を切って、うどんに入れる様子もよく見えました。
牛骨のあっさり出汁で、あぶらかす以外に、天かす、とろろ昆布が入っており、くせのないあっさりした味に仕上がっていました。
帰り際に聞いてみました。
「ここ、チェーン店なんですか」
「川崎にもう一軒ありますが、チェーンというわけではないです」
「かすうどんって、関西の食べ物ですよね」
「はい、もともと関西のものだと聞いてます」
「ずいぶんおしゃれですね」
「ちょっと、おしゃれにしすぎちゃいました」
「お弁当も置いてるんですね」
「コロナで、今はそっちがメインになってます」
「頑張ってくださいね。また来ます」
2年ほど前から通うようになった、フィリピンダイニングバーと目と鼻の先にあるので、コロナが落ち着いたら、通うことになりそうです。
そのうちの一つが、かすうどんの店でした。
新型コロナが流行る前、よく昼ご飯を食べに行っていた、お魚のおいしい店がありました。その店が新地に移転した後、うどん屋さんができました。店の前に、「かすうどん」の幟が立っていました。
新大阪界隈は、ラーメン屋の激戦区でしたが、そば屋やうどん屋はそれほど多くない。いつか行こうと思っていたのですが、行く機会がないまま、理由はわかりませんが、店仕舞いになってしまいました。
行きつけの居酒屋「ペルル」での会話。
犬鍋「新しいうどん屋さん、もう閉まっちゃいましたね」
ペルルのマスター「ああ、かすうどんの店ね。一度行ったけど、けっこうおいしかったですよ」
犬「たぬきうどんですか?」
ペ「たぬき? いや、かすうどんですよ」
犬「かすうどんって、天かすが入っているんでしょう?」
ペ「天かすじゃなくて、あぶらかす」
犬「あぶらかす?」
ペ「そう。牛の腸を揚げたやつ。もともとこっちの食べ物だよ」
マスターは、そう言いながら、意味ありげに4本指を突き立てます。
犬「…」
もともと、東京と大阪では、「たぬき」の定義が違う、ということを聞いたことがありました。東京では油揚げが入っているのが「きつね」で、天かすが入っているのが「たぬき」。それぞれ、うどんとそばがあります。ところが、大阪では、「きつね」は油揚げの入った「うどん」を言い、「たぬき」はやはり油揚げの入った「そば」を言うんだそうです。
天かすは、店によりますが、最初からテーブルに置いてあって、勝手に入れてよい。
で、「かすうどん」というのは、「天かす」ではなくて、「あぶらかす」が入っているんだそうです。
その後、上原善広著『被差別のグルメ』という本(新潮新書、2015年刊)を読んで、かすうどんがどんなものかを知りました。
かすうどんに使われている、「あぶらかす」は、「路地」(本書で「被差別部 落」を指す言葉)を代表する食材なのだそうです。
あぶらかすは、古くは牛の生の腸をそのまま鍋に入れて、じっくりと弱火で長時間、火を入れる。すると、腸に大量についていた脂が溶けて、鍋は脂でいっぱいになる。この脂で、腸がカリカリに揚がり、残った脂はヘット(牛脂)になる。つまり、あぶらかすとは、ヘットというあぶらをとるのが目的で、その残りかすが「あぶらかす」だ、ということです。
そして、「路地」では、「あぶらかす」が好んで食べられ、うどんに入れて「かすうどん」になったと。
同じ著者の別の本、『被差別の食卓』(新潮新書、2005年刊)によれば、「路地」出身の著者は、子供のころから「あぶらかすと菜っ葉の炒め物」や、「あぶらかすを入れた即席ラーメン」などを、週2~3回食べていたのだが、中学生になって、「あぶらかす」が実は一般的な食べ物ではないことに気づき、ショックを受けたそうです。
あぶらかすは、主に関西方面の「路地」でよく食べられている食材で、東日本の「路地」ではほとんど知られていない、とのこと。
「かすうどん」が大阪南部(河内)で流行るようになったのは、21世紀に入ってから。パチンコ屋の片隅で始めた店で、「かすうどん」を出したら、爆発的に流行。関西を中心に、兵庫や岡山にも進出し、チェーン店になったそうです。新大阪に出来たお店も、そのチェーン店かもしれません。
2月に東京に戻ってきたとき、「かすうどん」を検索してみました。すると、東京にも何軒かあり、その一つが、私の通勤ルートにもあったので、ある夜、行ってみました。
その店は、学生街の一画にあり、10人も入ればいっぱいになりそうな、狭い店。
私が行ったのは、夕方でしたが、客は私一人でした。店は、天井が高く、コンクリートの打ちっぱなしの、カフェバー風のおしゃれな店です。
店名は、KASSU The Udon Loungeと、こちらもおしゃれ。予想していたものとはまったく違う、斬新な店でした。
店は、20代の若い男性が一人でやっていました。メインはかすうどんでしたが、店内のテーブルには、とんかつをおかずにしたお弁当がたくさん並び、お客さんはお弁当をテイクアウトで買っていく人が多いようでした。
私が座ったカウンターからは厨房内が見え、マスターが、冷蔵庫からとりだした「あぶらかす」を切って、うどんに入れる様子もよく見えました。
牛骨のあっさり出汁で、あぶらかす以外に、天かす、とろろ昆布が入っており、くせのないあっさりした味に仕上がっていました。
帰り際に聞いてみました。
「ここ、チェーン店なんですか」
「川崎にもう一軒ありますが、チェーンというわけではないです」
「かすうどんって、関西の食べ物ですよね」
「はい、もともと関西のものだと聞いてます」
「ずいぶんおしゃれですね」
「ちょっと、おしゃれにしすぎちゃいました」
「お弁当も置いてるんですね」
「コロナで、今はそっちがメインになってます」
「頑張ってくださいね。また来ます」
2年ほど前から通うようになった、フィリピンダイニングバーと目と鼻の先にあるので、コロナが落ち着いたら、通うことになりそうです。