偏平足

山の石仏と独り言。

石仏45荒川岳(静岡)

2006年08月01日 | 登山

荒川岳(あらかわだけ) 地蔵菩薩(じぞうぼさつ)

45_1   【データ】荒川岳 3141メートル▼25000地図 赤石岳▼最寄駅 JR身延線・身延駅▼登山口 山梨県早川町新倉▼石仏 東岳(悪沢岳)山頂

 【案内】前岳・中岳・東岳の3千メートル峰からなる荒川岳(荒川三山の名称もある)は南アルプスの最奥・中心部にあり、東岳に地蔵岳の呼称があるらしいが山麓に人里はなく、信仰があった形跡はない。したがって東岳にある地蔵菩薩は遭難者の供養塔であろう。ただ明治時代に下伊那の行者・原丈吉により荒川岳を開山されたことが、『登山史の発掘』(山崎安治。1979年茗渓堂)に記されている。地蔵菩薩は釈迦が入滅後、弥勒が出現する5億6700万年後までの無仏の世界に止まり、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)に生きるものを救済する仏。右手に錫杖(しゃくじょう)左手に宝珠(ほうじゅ)を持ち、比丘の姿は親しみやすく、特に賽の河原で石積みをし、親より先に旅立った罪を償う子供を救う仏として知られている。荒川岳の地蔵は合掌像。地蔵はさまざま場所に出向くので、像容や呼称は多様である。

 【独り言】荒川岳に登ったのは昭和45年。山梨県側から転付峠超えし、二軒小屋経由でした。このときは稜線で足元から熊が飛び出し、相手が逃げてくれたので助かりましたが、逃げた谷からこちらを振り返る熊をみて足がガタガタ震え出し、なかなか止まらなかった記憶が鮮明に残っています。3年後、二度目の転付峠超えでは二軒小屋から大井川の西俣に入り、塩見岳に登りました。このとき初めて鉄砲堰(てっぽうぜき)を見ました。鉄砲と呼ぶこの堰は、材木で谷間にダムを作って水を溜め、放水とともの伐採した材木を流す装置です。材木運搬はトラック輸送に切り替わっていた当時、私が見たのは鉄砲堰の残骸でしたが、その巨大さに足がすくむほど驚きました。一人で山歩きをしていたそのころ、山中で起きる想定外のことはなんでも驚きでした。

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