偏平足

山の石仏を訪ねて放浪中。その折々に出会った石仏を案内。

石仏321塔ノ岳(神奈川)

2011年05月27日 | 登山

塔ノ岳(とうのだけ) 黒尊仏(くろそんぶつ)

3211【データ】塔ノ岳 1491メートル▼25000地図 秦野、大山▼最寄駅 小田急線・渋沢駅▼登山口 神奈川県秦野市の大倉集落▼石仏 塔ノ岳山頂の北北西斜面、玄倉川側の小尾根にある岩峰

【案内】丹沢大山の東山麓にある日向薬師。この寺の門前にあって日向薬師に奉仕していた常蓮坊に、『峯中記略扣』という日向山修験丹沢峰入りの順路を記した冊子がある。この冊子の塔ノ岳の個所には「塔ノ峰也 此所ニ弥陀薬師ノ塔有 大ル平地也 富士山ハスグニ西ノ方也 是ヨリ北エ行黒尊仏岩有」と記されている。山中の要所に神仏を祀り修業を重ねながらこれを巡る峰入りで、塔ノ岳には二か所の修業地があったことをこの記録は示している。一つは「弥陀薬師ノ塔」。これはか3212 3213 つてあった尊仏岩である。もう一つが「黒尊仏岩」である。岩となっているが、塔ノ岳から北北西の玄倉川にせり出した岩尾根上の小岩峰である。いまここに残る石造物は「尊佛」の文字塔と頭部がない如来坐像2体。黒尊佛については、これにあてはまる仏はないものの、しいて挙げれば過去七仏の拘留孫仏(くるそんぶつ)が考えられる。過去七仏は釈迦が出現する以前の仏たちで、その四番目が拘留孫仏。釈迦はその七番目。過去に修業をした先人の教えがあって、釈迦が悟りをひらくことができたという考えから生まれた仏である(佐和隆研編『仏像図典』)。また「尊佛」の上に刻まれた種字のような記号および背面の文字は何を表すのかわからない。2体の坐像はどちらも阿弥陀如来の九品往生(信仰の深浅に応じて九種の来迎がある)の上品上生印である。大倉から塔ノ岳までの標高差は約1200メートル。馬鹿尾根と称される登りだけの道が続く。

【独り言】黒尊仏はかつての修験者だけが行った塔ノ岳の秘所ともいえる場所。そこへ行く道はありません。写真でこの黒尊仏が紹介されたのは、昭和62年秋の『山と渓谷№628』が最初だと思います。当時木ノ又小屋の小屋番だった杉田耕一氏を紹介した『山と渓谷』のグラビアで、本人が丹沢で一番気にいっている場所でのスナップでした。それが黒尊仏の岩峰で、杉田氏の足元には石仏がはっきり写っていました。これを見た私は早速山と渓谷社の編集部に問い合わせ、杉田氏に連絡をとって黒尊仏への詳細なルートを教えていただきました。そして出かけたのは翌年の4月。杉田氏3214 のアドバイスで、それほど迷うことなく石仏の前に立つことができました(写真はその当時のもの)。あれから25年後の今回、前回と同じルート図を持参したものの、なかなか探し出せませんでした。記憶が薄れるのは早いものですが、山の様変わりの早いのが丹沢ですから、10年も行かないと浦島太郎状態になります。それから杉田氏のことですが、木ノ又小屋に落ち着く前は丹沢山のみやま山荘、蛭ヶ岳の蛭ヶ岳山荘、塔ノ岳の尊仏山荘などでも小屋番の実績があって、周辺の石仏事情にも精通していました。その時伺った不動ノ峰や蛭ヶ岳でも話も次回に紹介する予定です。

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