偏平足

里山の石神・石仏探訪

石仏567八菅山(神奈川)宝篋印塔

2015年02月20日 | 登山

八菅山(やすげさん) 宝篋印塔(ほうきょういんとう)

【データ】八菅山 220メートル▼最寄駅 小田急小田原線・本厚木駅▼登山口 神奈川県愛甲町八菅の八菅神社▼石仏 八菅山山頂近く。地図の赤丸印



【案内】丹沢の東の端にある八菅山は七社権現(熊野・蔵王・箱根・八幡・山王・白山・伊豆)を祀り、別当・光勝寺を中心に山麓の坊とともに発展した修験の山だった。その山頂近くの梵天塚に宝篋印塔が立つ。側に立つ案内によると、この梵天は「八菅山修験組織のひとつである覚養院に属する地」とある。「八菅山の修験道」(注1)によると、覚養院は本坊(正年行事格)・脇坊(準年行事格)あわせて50余あるなかの本坊であり、江戸時代後期には八菅山修験の中心的役割を担った院であった。宝篋印塔の塔身には「権大僧都春永 清翁妙範信女」、台座に明暦三年(1657)六月十一日峯霊位 明暦三年十月一日覚霊位」の銘がある。

 宝篋印塔は宝筐印陀羅尼経を納めた塔だったが、中世から五輪塔と同じように卒塔婆(墓石)として造立されてきた。江戸時代になると、相輪が太く装飾的になる宝篋印塔の墓石が関東一円に登場する。造立したのは上級武士たち。また寺院などでは、隅飾りが外側に大きく広がり、あるいは笠がついたもの、層塔のようないずれも大型の宝篋印塔が立てられてきた。石造物の分類では違和感があるが、これらも含めて宝篋印塔としている。八菅山の塔も隅飾りが外に開き、相輪が装飾的で太い。このブログは山で見たさまざまな宝篋印塔を案内してきたので末尾にあげておく。
【注1】宮家準、糸賀茂男著「八菅山の修験道」(昭和54年、名著出版『山岳宗教研究叢書8』)
【参照】宝鏡山(茨城)
    弥彦山(新潟)
    日和田山(埼玉)
    観音山(岩手)



【独り言】登山口に石鳥居、社務所、鐘楼、石仏が並ぶ八菅山は、この地方を代表する修験の山で、天台宗系修験の聖護院配下でした。しかし信仰圏である霞場は山麓周辺だけと規模が小さく、ほとんどの坊は農業が主だったようです。明治になって七社権現を八菅神社に改称して現在に至っていますが、神道に改称するにあたっての廃仏がそれほどではなかったのでしょう、修験道関係の資料が社務所奥の宝物殿に保存されていました。宝物の公開日は正月三箇日と例祭日の3月28日。訪ねたのは2月初めの週末でしたが、宝物を出すため扉が開いていたので、氏子の人にお願いして拝観させていただきました。入ると正面に役小角(えんのおずぬ)と前鬼(ぜんき)・後鬼(ごき)の木造三尊、ほかにも鎌倉時代にこの地を治めた海老名氏に関係する聖観音、足利尊氏に関係あるという賓頭盧(びんずる)尊などの仏像があります。ただ、由緒はかぎりなく不透明だそうです。しかし多数残る修験関係の文書、とくに聖護院関係の文書が残っていて、大事に守られてきたという印象です。3月28日の祭礼には、復活した修験の火渡り大護摩が行われているそうです。


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1 コメント

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千葉にもあるぜよ (目黒駅は品川区)
2015-02-20 10:13:47
千葉の大日山の隣にも宝篋山があって、あんまり立派じゃないけど宝篋塔あります!
場所は、伊予ヶ岳と館山の間あたり。

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