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偏平足

里山の石神・石仏探訪

里山の石神端書260 大杦大明神(千葉県長柄町)

2024年01月30日 | 里山石神端書

長柄町水上川流域の田代・稲荷神社の大杦大明神

 長柄町は千葉県の中央部の街。一宮川の支流水上川流域を訪ねました。
 田代の稲荷神社は小高い丘の上。ちんまりした社殿の祭壇を守るように狐が一対対峙していました。田代青年団が寄贈したふっくらとした狐です。




 境内の隅に隠れるように祀られていた石祠が「大杦大明神」です。

「文化八年酉(1825)」造立。大杦の杦は杉の略字。大杦大明神は茨城県稲敷市阿波(あんば)にある大杉神社に違いなく、江戸時代にこの稲荷神社に勧請されたのでしょう。あんば様と称された大杉神社は、古来霞ヶ浦の岬にあった神社で漁民の守護神として祀られ、神仏習合の時代は不動明王を本尊とする安穏寺で、近世には航海の神として茨城から東北の東海岸沿いに信仰が広まった神です。宮城の気仙沼には安波山があり、大杉神社が祀られていました。茨城や千葉の内陸部には疫病の神として勧請されました。
 航海安全の神が疫病退散の神となった背景は不明ですが、江戸時代中期以降に流行り出した麻疹などの疫病に対応した神社側の布教戦術があったと思われます。養蚕が盛んになると猫のお札を出し、農地が猪鹿に荒らされると狼のお札を出し、江戸時代の神社は知恵を絞って新たな信者を獲得していった時代でした。
 明治の神仏分離で安穏寺を廃止し大杉神社になりましたが、その後安穏時は再興され大杉神社近くに建っています。

 


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