

野田市の石田年子様より、泉永堂が出したこの国の山を格付けした「国々名山高山道志るべ」をいただきました。この国の山を東西に分け、それぞれから95座。これに行司・差添・世話役など14座を加えて204座が名を連ねた番付表です。
行司役は富士山。この手に番付表は大関から始まるのが常で、東は横関鳥海山、関脇浅間山、小結立山と続きます。以下東の95座は見当がつかない山も若干ありますが、ほとんど登っています。しかし西はわからない山、登っていない山ばかりです。
この番付は江戸時代の末期ころのものでしょうが、何をもって格付けの基準としたかが興味あります。一般的には信仰の大きさ、参拝者の多さなどが基本になるのでしょうが、これといった神社がない浅間山や萬代山(磐梯山)が上位にいるのは、街道沿いの名山なども重要視されているようです。
詳細にみると面白い発見があります。日光白根山は上州白根山となっているのは、信仰の道が上州から発展していたためでしょう。越後の八彦山(弥彦山)が上位に入りながら越後を代表する米山が欠けているのは淋しいところです。
泉永堂は江戸馬喰町にあった版元で、この山の格付けはじめ温泉や祭礼など番付表を作るのが得意だったようです。








