ニフティのブログ・サービスが終了して、MixiすなわちSNSという閉鎖的な環境でのみ思ったことを書いていたが、旧「フランコ酒井のCantare Mangiare Amare」を懐かしむ方々のエールを受けて、表社会へ復帰致しました。
どうぞ倍旧のご愛顧をお願い致します。
さて、最近ますます快調な500円DVDシリーズ、映像や音の質は多少悪いけれど、画像の鮮明さを鑑賞のポイントとしなければ、その作品の訴えかける精神は十分くみ取れると割り切って愉しんでいる。
今日は、そのシリーズの中から作曲家ロベルト・シューマンとその妻クララ・ヴィーク、そして夫妻と深い係り合いを持った作曲家ヨハネス・ブラームスの愛の形を描いた作品《愛の調べ》(原題;Song of Love)を取り上げてみる。
先ずこの作品を鑑賞するのに、「史実と違う」なんて野暮なことは考えてはならない。史実は史実で把握しておくことはもちろんだが、シューマン夫妻の愛の形とその崇高さを理解するのに、この映画はデフォルメと創作によって、巧みに効果をあげることに成功している。
1839年5月10日ドレスデンのオペラハウスでのザクセン王フリードリヒ・アウグスト2世御前演奏会でクララ・ヴィークがリストのピアノ協奏曲を演奏している場面から映画は始まる。
この冒頭の画面から、クララを演じるキャサリン・ヘップバーンの凛とした存在感は、圧倒的な求心力を感じさせる。この時点で既にクララはシューマンとの結婚を決意していて、何かと行動を拘束しようとする父親から離れていこうとしている。
父親のヴィーク教授役のレオ・G・キャロルはテレビの人気番組「0011ナポレオン・ソロ」でロバート・ヴォーンとデヴィッド・マッカラムの上司役を演じていた人だ。アンコールにリストの「ラ・カンパネッラ」を弾けと指示する父を無視して、クララはアンコールにシューマンの「トロイメライ」を演奏する。
貴賓席の国王の横には、国王の弟の息子で、のちにザクセン王となる11歳のアルベルトが座っている(なんという可愛らしい風情)。
ロベルト役はこの映画の5年前に《カサブランカ》でバーグマン演じるイルザの恋人でありレジスタンスの闘士であるヴィクター・ラズロを好演したポール・ヘンリード。それほど演技の上手い人とは思わないが、シューマンの優しさと神経の細さを巧みに演じ分けている。
クララとロベルトの結婚は裁判沙汰になるが、リストの証言により無事二人は結ばれることになる。まだ新進のロベルトとクララの新居は、アパートの最上階の小さな部屋。申し訳なさそうなロベルトに対して、クララは「お掃除が楽だわ」とけなげだ。
ロベルトがクララにピアノで「献呈」を弾いてあげる。「これは君のために作ったんだよ」二人は寄り添いながら幸せそうだ。
この「献呈」は意外なほど録音が少ない、この映画ではルービンシュタインが弾いているが、リスト弾きとして名高いシプリアン・カツァリスが1977年9月にリエージュ・フェスティバルで弾いたライヴ録音が実に素晴らしい。
技巧をひけらかすのではなく、抑えた情感が込み上げてくるような風情だ。
独テレフンケンからLPが出ていたが、CD化が望まれる。
数年がたち、二人の間には7人の子供が生まれている。作曲、批評、教授と忙しいロベルトだが、家族のために大きな家を手に入れ、一生懸命働いているが、一人で養っていくのは大変だ。クララは夫を助けるためにリサイタルに出演する。
最初は少しプライドを傷つけられたロベルトも素直に妻の内助に感謝する。
家政婦のベルタがあまりに人使いの荒いシューマン夫妻に腹を立てて出て行ってしまう。そこへロベルトの友人ヨアヒムからの紹介状を持って青年ブラームスがやってくる。ブラームスはまるで家政夫のようにシューマン夫妻と同居しはじめる。
ブラームス役は、ジェニファー・ジョーンズと実生活で別れたばかりのロバート・ウォーカー。この人は1951年制作のヒッチコックの傑作《見知らぬ乗客》が代表作だと思うが、51年にわずか33歳で薬物の過剰摂取で急逝してしまった。
ロベルトは家計を安定させるために、オペラの新作を劇場に採用してもらおうと努力するがなかなかうまくいかない。ここでブラームスがリストに相談にいく。
粋な男リストは、有力者である指揮者にロベルトのオペラを巧みに売り込んであげる。このシークエンスでのリスト役ヘンリー・ダニエルは、当時50歳を越えていたにも係わらず、色気を失わず、シューマンやブラームスとは一味違った天才肌のプレーボーイだが人間的魅力のあるリスト像を表出することに成功している。
クララを愛し始めていたブラームスは、シューマン家を出ていく。動揺するクララと彼女を優しく抱き締めるロベルト。
オペラ初演の晴れ舞台で指揮をするロベルトだが、指揮台で耳鳴りが酷くなり演奏できなくなってしまう。以前から兆候のあった「うつ病」が進行していたのだった。
ロベルトが亡くなり家に引きこもっているクララのもとに成功を収めたブラームスがやってくる。彼は自らの交響曲の初演のコンサートへ彼女を誘いだし、求婚するのだが、その時彼女の耳にかつて夫の弾いてくれた《献呈》のメロディーが流れてくる。夫の音楽を世の中に広めるためにクララは再び演奏活動を始める。
時がたち、1890年5月10日、冒頭の場面から51年が過ぎている。
いまや恰幅の良い国王となったアルベルト王に許しを得て、クララはアンコールの《トロイメライ》を静かに弾き始める。
なんというロマンティックな映画だろう。
天使のような純粋さと燃える情熱を併せ持つクララは、キャサリン・ヘップバーンにうってつけ。彼女は《フィラデルフィア物語》でもケーリー・グラントやジェームズ・スチュワートらを従えて女傑振りを発揮していたが、この《愛の調べ》の方が更に自然に男性陣をリードする演技で魅力的だ。かつて《アンナ・カレーニナ》(1935年)でグレタ・ガルボの美しさを引き出したクラレンス・ブラウン監督のヘップバーンへの愛情を感じさせる映画でもある。
ハリー・ストラドリングのカメラワークがまた素晴らしい。随所に見せる彼のズームワーク、部屋の広さや人間の密度が臨場感を伴って伝わってくる。
俳優、スタッフ、音楽すべてがベストの満点作。これがオスカーと無縁だったのが信じられない。ミシュランに乗っていない店に名店があるとおり、このような名作との出会いは、人生にうれしいアクセントを与えてくれる。
いますぐワンコイン(500円)を持って書店へ走れ!!
どうぞ倍旧のご愛顧をお願い致します。
さて、最近ますます快調な500円DVDシリーズ、映像や音の質は多少悪いけれど、画像の鮮明さを鑑賞のポイントとしなければ、その作品の訴えかける精神は十分くみ取れると割り切って愉しんでいる。
今日は、そのシリーズの中から作曲家ロベルト・シューマンとその妻クララ・ヴィーク、そして夫妻と深い係り合いを持った作曲家ヨハネス・ブラームスの愛の形を描いた作品《愛の調べ》(原題;Song of Love)を取り上げてみる。
先ずこの作品を鑑賞するのに、「史実と違う」なんて野暮なことは考えてはならない。史実は史実で把握しておくことはもちろんだが、シューマン夫妻の愛の形とその崇高さを理解するのに、この映画はデフォルメと創作によって、巧みに効果をあげることに成功している。
1839年5月10日ドレスデンのオペラハウスでのザクセン王フリードリヒ・アウグスト2世御前演奏会でクララ・ヴィークがリストのピアノ協奏曲を演奏している場面から映画は始まる。
この冒頭の画面から、クララを演じるキャサリン・ヘップバーンの凛とした存在感は、圧倒的な求心力を感じさせる。この時点で既にクララはシューマンとの結婚を決意していて、何かと行動を拘束しようとする父親から離れていこうとしている。
父親のヴィーク教授役のレオ・G・キャロルはテレビの人気番組「0011ナポレオン・ソロ」でロバート・ヴォーンとデヴィッド・マッカラムの上司役を演じていた人だ。アンコールにリストの「ラ・カンパネッラ」を弾けと指示する父を無視して、クララはアンコールにシューマンの「トロイメライ」を演奏する。
貴賓席の国王の横には、国王の弟の息子で、のちにザクセン王となる11歳のアルベルトが座っている(なんという可愛らしい風情)。
ロベルト役はこの映画の5年前に《カサブランカ》でバーグマン演じるイルザの恋人でありレジスタンスの闘士であるヴィクター・ラズロを好演したポール・ヘンリード。それほど演技の上手い人とは思わないが、シューマンの優しさと神経の細さを巧みに演じ分けている。
クララとロベルトの結婚は裁判沙汰になるが、リストの証言により無事二人は結ばれることになる。まだ新進のロベルトとクララの新居は、アパートの最上階の小さな部屋。申し訳なさそうなロベルトに対して、クララは「お掃除が楽だわ」とけなげだ。
ロベルトがクララにピアノで「献呈」を弾いてあげる。「これは君のために作ったんだよ」二人は寄り添いながら幸せそうだ。
この「献呈」は意外なほど録音が少ない、この映画ではルービンシュタインが弾いているが、リスト弾きとして名高いシプリアン・カツァリスが1977年9月にリエージュ・フェスティバルで弾いたライヴ録音が実に素晴らしい。
技巧をひけらかすのではなく、抑えた情感が込み上げてくるような風情だ。
独テレフンケンからLPが出ていたが、CD化が望まれる。
数年がたち、二人の間には7人の子供が生まれている。作曲、批評、教授と忙しいロベルトだが、家族のために大きな家を手に入れ、一生懸命働いているが、一人で養っていくのは大変だ。クララは夫を助けるためにリサイタルに出演する。
最初は少しプライドを傷つけられたロベルトも素直に妻の内助に感謝する。
家政婦のベルタがあまりに人使いの荒いシューマン夫妻に腹を立てて出て行ってしまう。そこへロベルトの友人ヨアヒムからの紹介状を持って青年ブラームスがやってくる。ブラームスはまるで家政夫のようにシューマン夫妻と同居しはじめる。
ブラームス役は、ジェニファー・ジョーンズと実生活で別れたばかりのロバート・ウォーカー。この人は1951年制作のヒッチコックの傑作《見知らぬ乗客》が代表作だと思うが、51年にわずか33歳で薬物の過剰摂取で急逝してしまった。
ロベルトは家計を安定させるために、オペラの新作を劇場に採用してもらおうと努力するがなかなかうまくいかない。ここでブラームスがリストに相談にいく。
粋な男リストは、有力者である指揮者にロベルトのオペラを巧みに売り込んであげる。このシークエンスでのリスト役ヘンリー・ダニエルは、当時50歳を越えていたにも係わらず、色気を失わず、シューマンやブラームスとは一味違った天才肌のプレーボーイだが人間的魅力のあるリスト像を表出することに成功している。
クララを愛し始めていたブラームスは、シューマン家を出ていく。動揺するクララと彼女を優しく抱き締めるロベルト。
オペラ初演の晴れ舞台で指揮をするロベルトだが、指揮台で耳鳴りが酷くなり演奏できなくなってしまう。以前から兆候のあった「うつ病」が進行していたのだった。
ロベルトが亡くなり家に引きこもっているクララのもとに成功を収めたブラームスがやってくる。彼は自らの交響曲の初演のコンサートへ彼女を誘いだし、求婚するのだが、その時彼女の耳にかつて夫の弾いてくれた《献呈》のメロディーが流れてくる。夫の音楽を世の中に広めるためにクララは再び演奏活動を始める。
時がたち、1890年5月10日、冒頭の場面から51年が過ぎている。
いまや恰幅の良い国王となったアルベルト王に許しを得て、クララはアンコールの《トロイメライ》を静かに弾き始める。
なんというロマンティックな映画だろう。
天使のような純粋さと燃える情熱を併せ持つクララは、キャサリン・ヘップバーンにうってつけ。彼女は《フィラデルフィア物語》でもケーリー・グラントやジェームズ・スチュワートらを従えて女傑振りを発揮していたが、この《愛の調べ》の方が更に自然に男性陣をリードする演技で魅力的だ。かつて《アンナ・カレーニナ》(1935年)でグレタ・ガルボの美しさを引き出したクラレンス・ブラウン監督のヘップバーンへの愛情を感じさせる映画でもある。
ハリー・ストラドリングのカメラワークがまた素晴らしい。随所に見せる彼のズームワーク、部屋の広さや人間の密度が臨場感を伴って伝わってくる。
俳優、スタッフ、音楽すべてがベストの満点作。これがオスカーと無縁だったのが信じられない。ミシュランに乗っていない店に名店があるとおり、このような名作との出会いは、人生にうれしいアクセントを与えてくれる。
いますぐワンコイン(500円)を持って書店へ走れ!!
「愛の調べ」は以前レンタルで見ました。
随分前のことなので、忘れてしまった部分が多いので、再見してみようと思います。
指揮中に異状をきたしたロベルトを、クララが決然とした表情で、手をとって舞台から連れ出すシーンが印象に残っています。
私の母が娘時代にこの映画を見て、大ファンだったそうです。
レオ・G・キャロルは先日BSで放送された「北北西に進路を取れ」で、FBIだかCIAを演じていましたね。
任務中に新聞読んでいたり、やっていることは非情なはずなのに、妙にのんびりしていて、よい味を出していました。
未だにこのような名作を見ていない自分が恥ずかしいです。ワンコインで走ることにします。献呈、もとの歌曲も好きですが、リスト編曲のピアノ曲も素晴らしいですね。
染井リョウ
そうですね。《北北西に進路を取れ》にも出てました。彼のチンパンジーのような(失礼!!)風貌がシリアスな役をやってもユーモラスになるのがいいですね。
リスト編曲が劇中では技巧に走りすぎると言う理由でクララに揶揄される場面があります。
ここでのリストのうけとめ方がまたカッコいいんですよ!!!