とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

構造改革のメモ

2018-04-21 12:19:14 | 哲学・社会
とある壁にぶちあたることはある。

たんぽぽの芽がアスファルト路面を突破できないように、あるいは社会の問題が解決しないように、あるいはあるいは・・・

そこにある種の残念感を感じることもある。
だがそれもしかたないことだ。構造上無理なのだ。

しかしその構造を変革し、その先にある更なる最新へと変更することはできる。

フランスで登場した乗合馬車はイギリスにも普及したが、当のイギリスはその普及後にいくつかの複数の問題で揺れていた。

一つは、資材を運ぶ馬車の車輪が壊れやすく、頻繁な修繕が必要であったこと。
もう一つは、鉄の過剰供給で資材がダブついていたことである。

だがイギリス人はこの2つの困難を、一つの産業的、経済的、技術的な最適解へと転換した。

鉄道である。
余った鉄資材をレールに加工し、その上で車輪を鉄に改造した車両を走らせる。
鉄資材は消化でき、かつ車輪の破損も少なくなった。


問題が発生した場合には、その構造と言う箱が規定する枠の中で、箱そのものが問題を発生させているケースがある。
ならば問題を解析した上で、機械化の波に乗り、新しい箱を用意してしまえばいい。


日本では年間での交通事故死亡者数が平均して4000人存在する。これはベルヌーイの大数の法則の通り、「自動車と言う交通の社会的枠組みが日本人口に比してどれくらいの損害をもたらしめるか」と言う統計上のルールなのだ。

それではこの4000人を大幅に減少させるにはどうすればいいか? 
そう、「自動車を運転する」と言う行為の箱、我々の社会的枠組み、もとい、我々が日常的に何をすべきかという意識に至るまで、それを変更すればいい。

具体的には自動運転技術である。
現在のテスラの自動運転技術には問題がある。だがやがて解決に至るだろう。
飛行機に乗った人は思い出して欲しいが、飛行機の操縦の中で、自動運転ではないシーンと言うのは、離陸のみである。通常の航行と着陸は自動運転である。航空機の事故率と自動車の事故率を調べてみて頂きたい。

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