江國香織
『なかなか暮れない夏の夕暮れ』★★★★
その作家さんによって色があると思う。
昔から愛読している作家さんだとこの人はこんな文を書かないとか。
利き酒じゃないけど、利き文って言うのかな?
しばし迷走して記憶巡りをしたけど、下記の抜粋もそう。
江國さんらしさがちりばめられた世界
ワンコのこともあって、読み終わるまで3度ほど読み直した。
本に没頭する、その世界に惹き込まれる。
誰にも邪魔してほしくない。
今の環境は理想的過ぎて、でもあと何年?
昨夜は深夜まで録画した『鄭道伝』を3時間ぐらいみてた(^▽^;)
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関わるべきではない、と本能が告げていた。
トビアス・ニーベリは雪の積もった裏庭にでて、白い息を吐きながら、立ったままコーヒーをのんだ。空気のひきしまった晴れた朝で、積もった雪の表面が、砂糖のようにきらめいている。関わるべきではない、とニーベリはもう一度自分に言い聞かせる。
ソフトクリームは、いったん手にしたら倦まず弛まずたべ進めなくてはならない。
それは雀と稔とのあいだの不文律だ。
「でも、人ってほんとに死ぬんだよな、みんな、いつかは」
あたりまえの感慨が、つい口をついてでた。
「うん。こういう列車でさ、いきなり喉を掻き切られることだってあるわけだから」
大竹はぎょっとする。
「何だよ、それ」
窓の外は、深く青い夕暮れの街だ。
「どうするんだよ、何でそんなことするのかな。妊娠したらどうるすんだよ。これ以上、子供は禁止だって言っただろ?どうして懲りないんだよ」
弱々しい声になった。
「だって、じゅんじゅんだよ?五十の女は、普通、妊娠しないよね」
それは、まあ、そうかもしれない。そうかもしれないが、ほんとうに絶対、確実にしないのかどうか、大竹にはわからなかった。
夕方の空は薄青く、雀がたくさん電線にとまっていた。髪が風に揺れると、まだ美容室の匂いがする。
「誰かを好きになると、人は奇妙な人格崩壊を起こすことがある。突然ヴェジタリアンになったり、それまでとは違うタイプの服や靴や下着を買い込んだり、自転車通学を始めたり、いきなりワイン通になったり、支持政党が変わったり――。」
″きみたちはどう生きるか″
「いいよな、お前は失う女がいないから気楽で」
「規則はときどき破るためにあるのよ。そんなの常識でしょう?」
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「リアルな50代の人々を書いてみたかったんです。私の周りの同年代を見ていても、身辺ちっとも落ち着いてなくて、離婚する人もいれば、合コンに行く人もいる。50代って人生で言えば夕暮れ時、暮れてきてもいい年頃なのに、実際にはなかなか暮れない(笑)。それでいて、若い頃のように名前をつけられる関係にこだわらなくなるから、友情のセックスがあってもいいし、結婚しない恋人同士もあり。人間関係も生き方も、自由になっていくんだと思います」