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トトヤンの家庭菜園

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救いはあるか

2025-01-27 22:52:08 | 学び

戦争の狂気


『蚤と爆弾』 (吉村昭 著)

本書の持つ怖さ。小説だけれど、むしろこれは史実中心のノンフィクションというべき作品。現実の史実では、この関東軍防疫給水部は、七三一部隊という隠語で呼ばれていたわけだが、日中戦争の内実を確かめていくと、ペスト菌を持つ蚤爆弾の説明、人体実験された捕虜たちの生態が細部にわたって描写されている。よって著者の会った取材対象者の数の多さも容易に想像されうる。伝わってくる事、著者の言いたいこと、あるいは言わなければならないとするもの、、それは戦争は人間を狂気に駆り立ててしまうということ。動物をつかって実験をくり返すよりも、直接人体を使用して実験する方がはるかに効果的であると考えて、それを事実、実行してしまう、目的に忠実なる人間が現れてしまうという恐ろしさ。主人公は医学者として「生きた人間を実験動物の代りに使用してしまう訳で、自分の手で満足のゆくかぎりを実行してみたい」と考えるようになっていく。蚤爆弾は、最新兵器としてその有効性が、その道の開拓者として事実、評価されたという。その証拠に戦争を終えたあともその身柄を確保したアメリカがその資料を手に入れ、本国の細菌兵器開発の参考にしていくというところまで突きとめていくのだ。コロナの混乱当初、細菌テロが疑われもした。かつて日本沈没の作家の小松左京も似たような作風。以前に地震よりか、パンデミックを題材にしているのだ。SF小説の『復活の日』がそれだ。これを1964年に書いたとは到底思えない。たかが風邪という雰囲気はまさに今現代に漂っているものであり、それに冷水を浴びせる展開。恐怖の細菌兵器のために人類はほとんど絶滅、南極に残されたわずかな人々だけが生きのびる姿が描かれて、いずれも、人類の危機を省察した予言の書でもある。

過去にあったことを踏まえた小説か、SF作品かの違いがあるだけである。


最近の、TV視聴、「映像の世紀」でもベトナム戦争を背景に戦争と兵士の精神的後遺症の関係を伝えていた。


後遺症でいえばやはり黒澤明監督作品の「白痴」の主人公にも言える。戦犯に追われた亀田のことも思い浮かべて、相通ずるものを感じてしまう。自分としては、小説家のほうのドストエフスキー作品や、帚木蓬生の作品を読んできた手前、より親身に思い浮かべるのは中国大陸戦線からの復員逃走行を描いた箒木作品「逃亡」のほうだ。


いずれも、テーマはニヒリズムと人間の善性を問うている。対立と分断。この世に救いはあるのか。


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