弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

文芸春秋誌「堕ちる日本」

2008-05-09 20:29:46 | 歴史・社会
文芸春秋誌5月号で、中西輝政氏が「堕ちる日本-福田康夫と小沢一郎の奈落」という記事を書かれています。
現在の日本政治を理解する上で、この記事については覚えておきたいと思います。気になるところをここに抜き出しておきます。

「今この国の政治を大きな混迷に陥れている原因の一つは、昨年11月という『最悪のタイミング』で大連立協議を始め、当然のことながら失敗したことだ。」
「大連立が成るならともかく、無残な失敗に終わってしまった。『人心』を読み誤るにも程がある。取り返しのつかない失策だった。実は、福田康夫も、小沢一郎も、あのとき政治生命の大半を喪失していたのである。
事実、福田康夫という政治家は、大連立が失敗に終わったあの時から、『政治の手触り』という実感を失って、いまだに呆然としているかに見える。
 もっと言えば、福田内閣の命脈は、すでに大連立協議の挫折で尽きていたのである。」
「小沢一郎もまた、あのとき同じように身を投げ出して、『地に堕ちた』政治家だ。福田首相と大連立を約束したにもかかわらず、民主党内からの猛反対で蹴られると、いちどは代表辞任を表明したのだ。だが、なぜか党内から『やめないでくれ』というラブコールが起きると愁嘆場よろしく、『涙の留任会見』となった。
 こうして福田首相と小沢代表という、当事者能力を無くしたリーダーがなお演じ続けている政争なのだから、果てしなく混迷するもの当たり前である。」
「当事者能力を失った福田首相のまわりで、強攻策の『つなぎ法案』を推進した伊吹文明幹事長、『それは筋が悪い』とアドバイスした与謝野馨氏、さらには町村信孝官房長官や中川直元幹事長などが入り乱れ、それぞれの思惑で勝手に動き、発言し、意思中枢の混乱だけが繰り返される。自民党は完全にコントロールを失った迷走状態に入っている。しかもそのそこに、決定的な『二重権力状況』が横たわっていることを見逃してはならない。
 党内には、もう一つの隠れた重心がある。それは小泉純一郎元首相だ。いまだに小泉チルドレンの応援に行けば数千人の人が集まり、道路問題の一般財源化について少し踏み込んだ発言をすれば全マスコミが大きく報じ、福田首相の結論もそちらに寄る。我々は、いまだ『小泉政局の残照』のなかにいるのである。」

「民主主義の教科書に従えば、民意を問うべく、衆議院を解散して総選挙を行うしかない。しかし、解散して民意を問うたところで、はたしてはっきりとした民意など出るのだろうか。いやそれは、ねじれの解消どころか、もっとアナーキーな結果を招くことが予測されるのである。
 総選挙を行えば、小選挙区制である以上、自民党はボロ負けはしない。すくなくとも自公連立での過半数は達成するだろう。だが一方で、今の議席数を維持することは到底不可能だとされる。衆議院議席の三分の二という優位を失えば、参院で否決されても、もはや衆院での再議決はむずかしい。」
「つまり、解散総選挙を行えば、今のねじれ構造はさらに深まることになり、ますます国会は混迷を深めることになるだろう。それをわきまえずにひたすら解散総選挙を叫ぶ政治家やメディアは、『憑き物』に踊らされ、知的に麻痺しているとしかいいようがない。」

実は、日本でも明治憲法下では、貴族院と衆議院のねじれ構造が恒常的だったそうです。そのような中で、明治の日本人が開発し、明治23年以来延々と実践してきたノウハウとして「情意投合」があるそうです。
(今びっくりしたのですが、「情意投合」がATOKで一発変換しました)
要するに、「まあまあ、そう固いことを言わずに」と、野党の肩をポンと叩いてニコニコし、一方でテーブルの下で様々なやり取りをして、採決にもちこむという裏ワザだそうです。
「ニコポン宰相」と呼ばれた桂太郎が使った手段だそうです。

民主主義の先達であるイギリスでは、「アート・オブ・ガーデニング」になぞらえるように、「情意投合」は政党政治に必須の高度な政治技術だそうです。

「政治の技術を駆使せずに、『憑き物』に動かされてねじれ国会を安易に解消しようとすると、国家の晋の危機を招くことがある。この教訓は我々がいま直面する問題を考える上で、避けては通れないことなのである。」

第一次大戦前のイギリスに究極のねじれ構造がありました。希代のポピュリスト政治家、ロイド・ジョージが大蔵大臣に抜擢され、大胆な福祉政策を取り入れた予算を組みます。財源として富裕層を対象とした増税を打ち出したので、上院が反対し、伝家の宝刀を抜いて拒否権を発動します。ねじれを解決しようと下院は年に2回も総選挙を行いますが、何も解決しません。英陸軍には不穏な空気がたれこめます。
このような英国の政情不安は、ドイツが第一次大戦に踏み切る呼び水となってしまいました。

「議会政治の真髄は、『民意の旗』を高々と掲げると同時に、『板子一枚下は地獄』というリアリズムと覚悟をもつことにある。議会政治が停滞すれば国家は必ず崩壊するのだから、『情意投合』でも、『切り崩し』でも、『談合』でも何でもやる、という覚悟と胆力が不可欠なのだ。」
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連休明け

2008-05-07 23:48:54 | Weblog
昨日で連休も終わり、私も本日から執務を再開しています。ブログの本格再開はまだこれからですが・・・。

4月29日の記事(金賢姫拘束の真相(5))にて、矢原さんから連続コメントをいただいているところです。興味がおありの方はこちらの記事で矢原さんのコメントを参照ください。
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