弁理士の日々

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湯浅健二氏の著作2点

2007-10-28 20:08:32 | サッカー
湯浅健二著「サッカー監督という仕事」(新潮文庫)
湯浅健二著「ボールのないところで勝負は決まる」(出版芸術社)
サッカー監督という仕事 (新潮文庫)
湯浅 健二
新潮社

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ボールのないところで勝負は決まる―サッカーQ&A
湯浅 健二
出版芸術社

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湯浅健二氏の「日本人はなぜシュートを打たないのか?」を非常に興味深く読むことができたのですが、湯浅氏の考える「よいサッカー」は、世の中で喧伝されている「オシムサッカー」と極めて近似しています。「日本人はなぜシュートを打たないのか?」によると、湯浅氏のサッカー観は、30年前のドイツサッカー留学時の体験に基づいているとのことです。とはいうものの、「日本人はなぜシュートを打たないのか?」はごく最近の出版物であり、私は以前の湯浅氏のサッカー観に触れたことはないので、「ひょっとして最近のオシム人気にすり寄っているのではないか」との疑問を捨てきれません。
そこで、冒頭の2つの書籍を読んでみました。
「サッカー監督という仕事」は、平成12年発行の単行本もあるのですが、文庫本も平成16年発行で今から3年前であり、十分に「オシム日本以前」です。
「ボールのないところで勝負は決まる」は、平成17年発行の改訂本をわざと避け、平成13年発行の旧版を古本で購入しました。

まず結論からいうと、湯浅氏のサッカー観は終始一貫しており、振れていません。私は、一時でも疑った不明をお詫びしなければなりません。

「サッカー監督という仕事」文庫本は、2004年6月、ドイツW杯のアジア予選が行われている頃の出版です。文庫本特別書き下ろし
その1 徹底比較 トルシエとジーコの戦術はここが違う
その2 市原イビチャ・オシム監督のプロ魂
の2編は、現在読んでも十分に説得性のある論評です。

湯浅氏が考える「よい選手」「よいサッカー」は、30年前に氏がドイツに留学して指導者ライセンスやサッカー教師ライセンスを取得する過程で身につけた考え方で、少なくともドイツサッカー界では共通認識になっているようです。ドイツの著名なコーチ、浦和レッズを率いたブッフパルトなどの考え方と共通するようです。
現在のサッカー先進国において、「よいサッカー」の考え方に何通りもあるのでしょうか。それとも、湯浅氏がいうドイツ流の考え方が、世界の共通意見と考えてよろしいのでしょうか。

もしドイツ流が世界の共通意見であるとしたら、サッカー後進国である日本も、その考え方を模範とするのが良さそうです。

ところが、私が見聞する限り、日本サッカー協会にしろ日本のマスコミにしろ、「湯浅氏の考え方がまさに世界の潮流である」と思っていないような雰囲気です。もし以前からそう思っていたのであれば、湯浅氏の考え方はオシムの考え方と極めて共通しているようなので、「オシムに教えられた」とは言わずに、「オシムの考え方は従来からの日本サッカー協会の考え方と共通する」と言うはずです。
そしてジーコ監督時代において、「ジーコの考え方は日本サッカー協会の考え方と合わないようだ」と評価して監督交代に動いたはずです。
しかしいずれもそうなっていません。
また、Jリーグ各チームの評価にしても、「よいサッカー」を指向しているか否かを判断できるはずです。

日本サッカー協会は、そして協会を批評すべき日本のサッカー評論家は、「よいサッカー」についてどのような考え方を持っているのでしょうか。

湯浅氏が述べる「よいサッカー」では、攻撃でも守備でも「ボールがないところでのクリエイティブなムダ走り」が重要視され、攻撃と守備の切り替え時の全力疾走が要求され、とにかく体力がなければ実現できません。Jリーグ各チームでの練習では、選手の走力向上にどれだけ力を割いているのでしょうか。もしJリーグ各チームに期待できないとしたら、少なくとも日本代表候補選手の走力を底上げしなければならないのですが、そのようなアイデアは生まれないのでしょうか。
日韓ワールドカップ時の韓国代表は、ヒディング監督のもとで体力改善プログラムが組まれたようですね。
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