弁理士の日々

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G20が閉幕

2013-02-17 10:10:20 | 歴史・社会
モスクワで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は16日、共同声明を採択して閉幕しました。懸念されていた安倍政権の経済政策への直接の批判はなかったものの、「円安誘導」と受け取られる金融緩和を行わないようクギを刺されたとのことです。
共同声明の骨子は以下の通りでした。
『・世界経済のリスクは後退し、金融市場の信認も改善したが、リスクは残り、成長は依然弱い
・ユーロ圏はより強い経済と通貨同盟、日米は財政の不確実性を解消するため継続的な努力が必要
・先進国は9月のG20首脳会議(サミット)までに信頼できる中期的な財政戦略を策定する
・金融政策は景気回復を支援しつつ、国内物価の安定に向けられるべきだ
・国内目的のために実施される政策が他国に与える悪影響を監視し、最小化に努める
・通貨安競争を回避する。競争力強化のために為替レートの目的とせず、あらゆる形での保護主義に反対』

G20の上記のような流れ予測を受けて、16日朝6時半時点での為替レートは93.5円/ドルの円安レベルとなっています。

私は2月11日「ドル円5年間の推移と“2010年円高”」の中で、2010年に起きた円高について書きました。
今回のG20関連の報道の中にも、2010年当時の動きをふり返る記事がありました。朝日新聞17日朝刊にあります。「金融緩和・通貨安で景気下支え~米欧、日本と同じ過去」という標題で記されています。
『2008年秋のリーマン・ショック後、大幅な金融緩和を進めて景気を下支えする政策を率先した国がある。米国だ。
とくに、10年、中央銀行にあたる米連邦準備制度理事会(FRB)が「量的緩和第2弾(QE2)」踏み切ってから、米国債などの資産を金融機関から買うことで金融市場にどんどんお金をつぎ込んだ。
FRBのバーナンキ議長は景気回復が目的だと強調したが、これが結果としてドル安につながった。まるで今の日本をみるようだ。
そのころ、欧州も政府債務(借金)危機でユーロ安が進んだ。ドイツ企業は輸出を増やし、業績を伸ばしていった。
通貨高にさいなまれたのが新興国だ。これではせっかくの成長がしぼんでしまう。ブラジルなどは金融緩和で追随し、韓国もウォン安にして輸出を維持した。
この間、リーマン・ショックの傷が比較式浅かった日本はこうした動きを追わず、円の「独歩高」がつづいた。11年には1ドル=75円台前半になり、市場最高値を記録した。日銀や政府に、行きすぎた緩和は「バブル」の温床になり、通貨安競争への参加は金融市場の混乱や経済的な対立を生むという危機感も残っていた。』

私がデータを見るところ、2010年円高は2010年の7月から11月にかけて進行しています。それに対して米国のQE2は、調べた限りでは2010年10月にスタートしているようであり、日本の2010年円高とはちょっと時期がずれているようです。
いずれにしても、2010年当時は米国と欧州が金融の量的緩和を推進し、ブラジルなどはこれに追随し、日本のみが対策を取らなかった結果として円高になったのです。
今回、日本は各国に3年遅れで金融緩和を掲げ、対抗することとなりました。それに対して各国から非難される結果となったのです。

上記朝日新聞記事では、「リーマン・ショックの傷が比較式浅かった日本はこうした動きを追わず」とありますが、傷が浅いと言っていたのは政府とマスコミだけであり、実際は深い傷を負っていました。この点から目を背けてはいけません。そもそも、リーマン・ショックの傷が浅かろうが深かろうが、進行する円高に無策で良いはずがありません。

ブラジルは今回、円安を攻撃する側に回りました。それに対して2010年には、ドル安に追従する政策を採っていたと上記記事は書いています。私の記憶では、現在のブラジルはインフレが進行しているはずです。金融緩和はインフレを助長するので(だからこそ日本は今回、デフレ脱却のために金融緩和するわけですが)、現在のブラジルは金融緩和策をとれないはずです。ブラジルは、金融緩和できるときにはアメリカのドル安に追随し、金融緩和ができない現在は日本の円安を攻撃している、ということになります。
ドイツは今回、一度は日本の円安進行を非難する側に回りました。しかし上記朝日新聞記事にあるように、2010年当時はユーロ安に乗じてドイツは甘い汁を吸っていたのです。それを忘れてはいけません。

マスコミは、今回のアベノミクスと2010年当時とを対比するのであれば、「なぜ日本は、2010年当時に今回のアベノミクスと同じ政策を進めなかったのか」を反省してほしいです。当時は民主党の管政権で、野田財務相でした。“民主党政権だったから無理だ”で終わらせてはいけません。「なぜ自分たち新聞は、当時金融緩和を提言できなかったのか」という観点でお願いします。
日銀総裁は当時も今も白川総裁です。同じ白川総裁が、2010年円高時はダンマリを決め込み、今回はインフレターゲット2%を宣言するというのですから、日銀に節操はありません。

ところで、この記事を書くために検索していたら、おもしろい記事がみつかりました
日本新聞協会トップページ>刊行物>新聞協会報(週刊)・紙面展望>
11月 2日付 通貨安競争を回避~G20財務相会議と共同声明をめぐる社説~数値目標の見送りは妥当
『日米欧と中国など計20か国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が韓国・慶州で10月22、23日開かれ、懸案の通貨安競争問題について「回避する」との共同声明を採択した。各国経常収支に関する数値目標は反対が多く、声明に盛り込まれなかった。リーマンショックから2年、世界経済の緊急課題に取り組んだ会議を36本の社・論説が論じた。
世界経済の不均衡是正へ
《通貨安競争》産経「今回の会議は、先進国と新興国の通貨をめぐる対立をどう緩和するかが焦点だった。日米欧の先進国は、新興国の通貨安競争を先導している中国に対し、人民元の切り上げを求めた。一方、新興国は米国の事実上のドル安政策で大量の資金が自国に流入し、通貨高になっていると批判した」』

いつの11月2日かというと、2010年11月2日なのです。
まるで、今回のG20と同じではないですか。
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