弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

篠田節子「夏の災厄」

2020-05-12 17:28:12 | 趣味・読書
小説家の篠田節子さんが、勲章を受章しました。私は篠田節子さんの小説を読んでいた時期があって、今回の新型コロナに接したとき、真っ先に篠田節子さんの小説「夏の災厄」が思い浮かびました。従って、篠田節子さんが勲章を受けたときの報道でも、「夏の災厄」が紹介されるだろうと予想していたのですが、私の知る限り、その本は紹介されませんでした。
篠田節子さんは、ウィキに以下のように紹介されています。
『東京都生まれ。八王子の典型的な商業地区で育つ。
東京都立富士森高等学校、東京学芸大学教育学部卒業後、八王子市役所に勤務する。市役所の勤務年数は10年以上にもおよび、福祉、教育、保健(健康管理)など様々な部署に異動、配属された。市立図書館の立ち上げにも携わり、・・・。
趣味はチェロの演奏。
2020年 - 紫綬褒章受章。』
篠田さんの小説は、上記履歴と関連するものが多いです。その中で、「夏の災厄」は市役所における保健(健康管理)職務経験が生きているようです。

夏の災厄 (角川文庫)
単行本 1995年3月 毎日新聞社刊
『東京郊外のニュータウンに突如発生した奇病は、日本脳炎と診断された。撲滅されたはずの伝染病が今頃なぜ? 感染防止と原因究明に奔走する市の保健センター職員たちを悩ます硬直した行政システム、露呈する現代生活の脆さ。その間も、ウイルスは町を蝕み続ける。世紀末の危機管理を問うパニック小説の傑作。  解説 瀬名秀明』(裏表紙)

舞台は、埼玉県昭川市(架空の地名)です。その窪山地区で、日本脳炎に似た病気の罹患者が急増します。ウイルス検査では日本脳炎と出ます。感染すると脳炎を起こすのですが、病状の進行が急速であること、死亡率が極めて高いこと、その他、日本脳炎とは異なっています。
昭川市には富士大学付属病院があります。ここでのウイルス研究、培養したウイルスの紛失(誤って廃棄した模様)、廃棄物処理業者による不法投棄(窪山地区)、などが複雑に絡み合って進行します。現在進行中の新型コロナと酷似した内容です。
新型日本脳炎 - 新型肺炎
富士大学病院 - 武漢の研究所
高い感染率、病状の早い進行、高い致死率など、両者はそっくりです。

冒頭、富士大学病院の奇妙な老医師が、予言じみた発言をします。
『「病院が一杯になって、みんな家で息を引き取る。感染を嫌う家族から追い出された年寄りたちは、路上で死ぬ。知っておるか、ウイルスを叩く薬なんかありゃせんのだ。対症療法か、さもなければあらかじめ免疫をつけておくしかない。たまたまここ七十年ほど、疫病らしい疫病がなかっただけだ。愚か者の頭上に、まもなく災いが降りかかる・・・。半年か、一年か、あるいは三年先か。そう遠くない未来だ。そのときになって慌てたって遅い。』(29ページ)
これも、現在の新型コロナを予言するかのような発言です。

新型日本脳炎に立ち向かう日本の中枢について、
『日本の防疫体制は、そんなに遅れたものではない。厚生省を頂点とした完璧なシステムも、大学病院や企業の研究所の研究者の能力も、薬剤や医療技術の質も、世界のトップレベルにあるはずだ。しかしなぜか、今、このとき機能しない。なぜなのか、だれにもわからない。』(562ページ)
現在の新型コロナに立ち向かう厚労省の体たらくが、この書籍の中で予言されていました。

舞台の主役は、昭川市保健センターの職員たちです。保健センターに夜間診療所が設置されており、新型日本脳炎流行の初期に、複数の患者が夜間診療所に搬送されたことから、職員たちが異変に気づきました。夜間診療所の医師は交代で派遣されますが、看護婦(当時)は2組が交互に勤務します。そのため、看護婦(房代、和子)がまず、複数の患者に共通する異変に気づきました。それと、保健センターの職員(市の公務員)(中西)、町のクリニック医師である鵜川が中心となって、問題の究明が進んでいきます。

感染防止と原因究明の仕事は、市(市役所)、県(保健所)、地元の医師などが錯綜して行っています。保健センターが市の管轄、保健所が県の管轄、ということで、仕事がやりづらそうです。
『疫学調査は県の保健所の仕事ですよ』(71ページ)
『統計については、県の保健所で答えるって決められてるんですよ。』(84ページ)
『保健所と市の保健センターは仕事上のつながりがあり、職員同士は顔見知りだったりする。』(127ページ)

保健師(小説の中の保健婦)の仕事は、私はよく知りません。
『結局のところ一番活躍しているのが、県と市の保健婦たちだ。・・多くの患者は障害を負っている。その家に出かけて、病人の面倒をみたり、家族の相談相手になったりする。』(215ページ)

最近、以下の記事を読みました。
保健所は激減、保健師は激増…コロナで露呈した「保健所劣化」の本質
感染症対応の経験がない人材が多数
 井上 久男
『厚生労働省が発表する「衛生行政報告例(就業医療関係者)概況」などの統計によると、1996年に保健所の設置数は845か所だったのが現時点では469か所に減少したものの、保健師総数は3万1581人から5万2955人に増えている。』
『保健師総数の就業場所別の内訳をみていくと、保健所内勤務は1996年の8703人から2018年は8100人に減少したのに対し、市町村勤務が1万5641人から2万9666人に増加している。この理由は、1990年に高齢化率が12・1%に達したことなどにより、介護や母子の健康管理など身近な公的福祉厚生サービスを、都道府県から住民により近い市町村に移管していく地方分権の流れができたことによるものだ。』

小説執筆時期(1995)は、県(保健所)の保健婦(当時)がまだ多く存在した時期ですね。県の保健婦と市の保健婦が、それぞれの職分のもと、活躍したのでしょう。

さて、国の対応はどうだったのでしょうか。
『厚生省では疫学調査と病理調査の二つの緊急対策委員会の発足に向けて動き出した。・・・担当者はまず、各大学、研究室、病院の医師の名簿を集めた。・・それぞれについて、委員七名、専門部会委員十三名ずつ計四十名がこの中から選出される。
---学界での不仲、派閥、世話になっている先生の処遇などが配慮されます---
「そうすると本当に日本脳炎ウイルスを専門に研究している先生方の枠がなくなりますが」
「それもそうだが、兼ね合いの問題だからな・・・」
・・・議論は果てしなく続いた。そして二日後、門外漢ばかりだが、人事的にはまずまず無難な顔触れが揃った。』(406ページ)
新型コロナでの専門家会議が、上記のような人選でなされたものでなければよろしいのですが。

『住民を対象都市で臨床試験を行い、いくつかの検体を持ち帰った。』(425ページ)「検体」という単語で、新型コロナのPCR検査の「検体」を想起してしまいました。

コメント
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