弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

肥薩線一周ぐるりんきっぷの旅

2014-10-11 22:02:07 | 趣味・読書
22日(月)朝、まずはホテルからの桜島遠望です。残念ながら天気はあまり良くありません。
 
桜島


《肥薩線一周ぐるりんきっぷの旅》
本日は、鹿児島中央駅を起点としてJR九州の観光列車を乗り継ぎ、一周して帰ってくる日帰りの旅です。

今回は以下の列車を利用し、時計回りに回ってきました。
○ 鹿児島中央9:25-11:08吉松 はやとの風2号
○ 吉松11:49-13:05人吉 しんべい2号
○ 人吉14:38-16:30新八代 SL人吉
○ 新八代-鹿児島中央 新幹線

このルートの回り方として、逆に反時計回りに回ることもできます。そちらの方が一般的なようです。当初、我々も反時計回りを計画したのですが、予約開始の数日後に予約しようとしたところ、最後の「はやとの風」で予約ができないことがわかりました。時計回りならば何とか予約可能ということで、今回は上のようなルートになったのです。
予約できたといっても、総勢8人のうち座席指定が買えたのは6人、残り2人は座席が確保できていませんでした。

予約は電話で行ったのですが、切符の受け取りはJR九州の駅でないとできません。前日、鹿児島中央駅で切符を受け取りました。そのとき、はやとの風の残り2名の座席が取れないか、確認したのですが、やはりだめでした。
当日の朝、再度みどりの窓口で確認したところ、何と座席指定券が取れたのです。

《はやとの風》
 
全員の座席指定が取れ、安心して電車に乗り込みました。
電車は2両編成です。自由席車両にも座れない人はいないようです。これなら、自由席乗車券のまま乗っても座席には事欠かなかったでしょう。
  
我々の車両                          別の車両

また、各車両の中央には、左右に展望席があります(左下写真)。ここは自由席で、我々グループが座りたいと思うときにはいつでも座ることができました。
  
車両中央の展望席                      車窓から桜島

鹿児島中央駅から走り出してすぐ、車窓からは桜島を望むことができました(右上写真)。
 
運転席                       

電車は、いくつかの駅で5~7分の間停車し、乗客は電車を降りて駅舎観光を楽しみます。最初は嘉例川駅です。10:20に着いて7分間停車しました。
嘉例川駅は1903年(明治36年)1月15日に営業を開始し、駅舎は開業当初からの木造建築ということです。築109年ですか。
  
嘉例川駅

次は大隅横川駅です。駅舎は開業時からのもので、鹿児島県では嘉例川駅のものと並び最古だとのこと。ホーム上の柱には、機銃掃射で打ち抜かれた弾痕が残っています(下写真)。この弾痕の大きさだと、何mm弾でしょうか。12.5mm程度でしょうか。
  
機銃掃射の跡(大隅横川駅)

高木敏子著「ガラスのうさぎ (フォア文庫)」では、主人公の母親は自宅での空襲で帰らぬ人となり、父親は駅舎に避難しているときに機銃掃射の銃弾に斃れました。
ここ大隅横川駅への空襲については、記録を見つけました。
「バラバラバラッ――。1945年7月30日。国民学校5年生だった下甑町(しもこしきまち)善治さん(76)は、米軍機の機銃掃射を浴びる大隅横川(おおすみよこがわ)駅を、防空壕(ごう)から見ていた。」
「駅の裏手の家々は焼け、友達が何かの破片で頬をえぐられた。のちに聞いた話では、駅舎の屋根はハチの巣と化し、中から夏空がはっきり見えたという。」
周辺の皆さんは防空壕に逃げ、機銃掃射の犠牲になった方はおられなかったようです。

はやとの風に乗っての1時間半、ずっと同じ車掌さんとCAさん(と呼ぶのでしょうか)のお世話になりました。下のお二人です。ありがとうございました。
  
車掌さん                     CAさん

はやとの風は吉松に到着しました。ここで40分ほど待って、次はしんべい2号に乗車します。

《いさぶろう・しんべい》
“しんべい”と“いさぶろう”が走っている区間(吉松-人吉)は、山間を走る区間であり、標高を稼ぐためにスイッチバックやループ区間を持っていることが特徴のようです。スイッチバックは2カ所あります。
 
最初のスイッチバックは真幸(まさき)駅です。下の地図が真幸駅付近の地図、上の写真が真幸駅に停車したしんべい2号です。真幸駅は、その名前から、入場券などで人気があるそうです。また、ホームの中程に「幸せの鐘」が置かれています。真幸駅は、このルートで唯一宮崎県内でした。

客車内の様子は、先ほど乗ったはやとの風と同様、木でデザインされています。
 
客車内

2つ目のスイッチバックは大畑(おこば)駅です。

上の地図にあるように、鹿児島から北上するとまずループの頂上に出ます。ループが交差するあたりから、大畑駅を見ることができます。下の写真です。
 
スイッチバック

この光景を見るために一時停車し、その後電車は走り出します。ループを回りながら下っていくのですが、ループの全体を見ることはできません。
ここは、スイッチバックが2カ所あります。スイッチバックのたびに運転手さんはブレーキハンドルを手に持って先頭から後端まで移動します。下の写真、左は最初のスイッチバックで社内を移動する運転手さんです。残念なことにブレーキハンドルが見えなくなる瞬間でした。右の写真は、大畑駅に停車し、車掌さんと一緒にホームを移動する運転手さんです。
  
スイッチバックで運転手さんが移動

蒸気機関車の時代、人吉から上ってきた蒸気機関車は給水の必要がありました。大畑駅は、そのためにつくられた駅ということです。スイッチバックを併せ持ったのは勾配途中に平坦な場所を設け、そこに停車場を建設するためだったとのことです。
  
大畑(おこば)駅                  球磨2号

大畑駅の駅舎には、名刺がたくさん貼ってあります(左上写真)。名刺を貼ると出世する、と言われているそうです。私も名刺入れを探しましたが、たまたま名刺が切れていました。これは出世できそうもありません。
 
いさぶろう・しんべい(右)と九州横断特急(左)のツーショット

しんべい2号は人吉駅に到着しました。ここからSL人吉号に乗り換えますが、1時間半待ちです。人吉の町に出て昼飯をとることにしました。
ここはもう熊本県です。
自衛隊の熊本地方協力本部では、迷彩くまもんが出迎えてくれました(左下写真)。駅の売店は、くまもんづくしです(右下写真)。
  
迷彩くまもん                     駅売店(くまもんづくし)

人吉温泉物産館に入って昼食としました。おしぼりももちろんくまもんです(右下写真)。
  
人吉温泉物産館                     くまもんおしぼり

 
人吉駅
人吉駅の駅前には、お城をかたどったからくり時計が立っています。昼食時間を調整し、2時に駅前に帰ってきました。2時になると、音楽とともに四方のお城の窓が開き、殿様やそのほかの人たちが元気に活動していました。
  

  

《SL人吉》
人吉から新八代までは蒸気機関車に引かれたSL人吉です。機関車のトップには「58654」のマークがあります。ウィキペディアの国鉄8620形蒸気機関車58654号機に説明がありました。1922年(大正11年)日立製作所笠戸工場製(製造番号 62)で、1975年(昭和50年)に廃車され、人吉鉄道記念館に展示されていました。廃車までに走行した距離は300万km余りでした。1987年に蒸気機関車を復活させることとなり、この58654号機が選ばれました。ボイラーは使えなくなっていたので新日本製鐵が新製したそうです。
2005年に故障し、修復不可能と判断されましたが、奇跡的にも日立製作所に製造時の図面があることが判明し、約4億円を投じて蒸気機関車や客車等を修復して現在に至るようです。
 

  
運転席                        列車の後尾(白石駅にて)

 

戻る
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする