弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

佐藤栄佐久著「知事抹殺」(2)

2011-08-23 22:59:06 | 歴史・社会
前回に引き続き、佐藤栄佐久著「知事抹殺 つくられた福島県汚職事件」を取り上げます。
前回詳述したように、福島原発に向き合う佐藤栄佐久福島県知事の姿勢は、日本の原子力行政がかかえる問題をすべて見通しているかのように見事なものでした。

その佐藤氏が、なぜ東京地検特捜部の標的となり、有罪判決を受けるに至ったのでしょうか。
佐藤氏の実弟(祐二氏)が経営する会社(郡山三東スーツ)が舞台となります。佐藤氏の父親が創業した同族会社であり、佐藤氏が筆頭株主でもあります。同社がした土地取引が、福島県の木戸ダムにからむ県知事の汚職につながっている、という事件のようです。
まず2003年にブラックジャーナルが動き出し、2004年にアエラが記事にしました。
2005年4月になって東京地検特捜部が動き出しました。任意捜査の2週間後に読売新聞が記事にしました。水谷建設が2002年8月に郡山三東スーツ所有の土地を2億円割高な価格で買い取ったという話でした。
9月に弟の祐二氏が、県の元土木部長とともに逮捕されました。佐藤氏は県政混乱の責任を取って知事を辞職することに決します。10月に三東スーツの総務部長が、東京での取調から帰宅した後に自殺を図り、一命は取り留めたものの意識が戻らなくなるという事件が起きました。
佐藤氏が収賄罪の容疑で逮捕されたのは10月23日です。任意の取調をすっ飛ばしていきなりの逮捕でした。宗像紀夫弁護士らとの事前打ち合わせもできませんでした。
特捜部は、木戸ダム受注の収賄罪に加えて選挙違反事件も立件しようとし、佐藤氏の後援会関係者を事情聴取で呼ぶようになりました。苛酷な取調は聴取された人たちを苦しめたようです。
事情聴取によって多くの人たちが苦しみ、三東スーツの総務部長を含めて2名が自殺を図るまでとなりました。それを見て、佐藤氏は虚偽自白をしてこの事件に幕を引く決意を固めるに至ります(10月28日)。

東京地検特捜部に立件された容疑者は、それぞれの事情によって検事に迎合する場合が多いようです。
佐藤優氏の場合、累が外務省インテリジェンスでの情報提供者に及ばないように、また佐藤氏の「チーム」メンバーに及ばないようにとの観点で、その範囲で検事に迎合したと著書にあります。村上ファンドの村上世彰氏は、逮捕直前に牧野洋氏に電話で「きょう、生まれて初めて公の場でうそをつきます」「罪を認めるということです。これから東京証券取引所で記者会見しますから、ぜひ来てください」と語りました。「罪を認めなければ、ぼくのほかにも幹部が逮捕されてしまう。」というのがうそをつく理由でした(村上ファンド事件の新聞報道を検証する)。
このように検察に迎合して供述調書を取られてしまったら、公判で証言を翻しても、完全無罪を勝ち取ることは極めて困難と思われます。
村木厚子さんは一切の迎合をせずに戦い抜き、無罪を勝ち取ることができましたが。

公判でのやり取りについては、この本の著者が被告人当人でもあることから、本当のところはよくわかりません。
弟の祐二氏は「談合に関与し、土地売買の賄賂性を認識していた」という自白調書を取られていましたが、弁護士の「なぜ、事実でない調書をとられたのか」との質問に対しては「拘置所で精神的に参っていた。この場から逃げ出したかった」と答えています。
佐藤氏自身は、弟の祐二氏が社長を務める三東スーツには、自分が筆頭株主であるにもかかわらず関与しないことと決めていたと書いています。一方で、祐二氏は佐藤氏の選挙には深く関わり、選挙資金で苦労していたという事実があるようです。この辺も良く分かりません。

2008年8月に出た一審判決では、執行猶予付きの有罪でした。
控訴審判決は2009年10月同じく執行猶予付きの有罪でしたが、その内容は、「土地を時価より高く買ってもらった差額が賄賂だとする検察側の主張は退けられたが、前知事らが得た賄賂は土地を換金できた利益であるという判断が示された。(コンプライアンス特報)」というものでした(「物言う知事」はなぜ抹殺されたのかも参照)。収賄と言いながら賄賂額がゼロだという意味のようです。wikipediaには「高裁の判決は佐藤前知事を有罪とする前提が全て崩れているにも拘わらず、『無形の賄賂』や『換金の利益』など従来の法概念にない不可思議な論理と論法で有罪にしている。不可解極まる判決であり、一体何の罪で有罪になったのかが、全くわからないような内容になっている。」とあります。

私が想像するに、裁判所としては、「一度は自白調書に署名した以上、完全無罪は有り得ない。それが裁判所・検察ムラの掟だ。執行猶予付きで十分だ。」ということでしょうか。

いずれにしろ、佐藤栄佐久氏をサポートしていた福島県の多くの人たちが、特捜部による苛酷な取調で疲弊し、後援会も何もかも瓦解したことでしょう。佐藤氏の政治基盤は完全に葬り去られたのです。
日本を改革するリーダーたり得たかもしれない(と私がこの本を読んで印象を受けた)佐藤栄佐久氏は、こうして東京地検特捜部によって政治生命を消し去られたのです。

ところでこの本、8月16日に管直人首相が八重洲ブックセンターで購入した書籍の中にも入っていたそうですね(毎日新聞 8月16日(火))。
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