弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

岡本薫著「日本を滅ぼす教育論議」

2007-01-10 22:51:57 | 趣味・読書
岡本薫氏というと、私には「文化庁の官僚で著作権の専門家」というイメージがあります。以前、著作権法についての岡本氏の講演を聴き、切れ者であるとの印象を受けました。岩波新書「著作権の考え方」という同氏の著書も持っています。
  
本屋で岡本薫著「日本を滅ぼす教育論議」(講談社現代新書)という本を見つけ、おやっと思って買ってみました。
なるほど、文化庁の課長というのは経歴の一部に過ぎず、OECD研究員、文部科学省課長などを経て2006年1月からは政策研究大学院教授なのですね。専門はココロジー(地域地理学)とあります。いずれにしろ、教育についても氏のテリトリーに入っているということです。

本の内容について一言でいうと・・・
「日本の教育はこうあるべきだ」という方針を述べている本ではありません。
「日本での教育論議はおかしい」として、どのようにおかしいかを述べている本です。

氏は1981~82年、1987~90年の2回にわたって、OECD(経済協力開発機構)の国際公務員として、先進諸国の教育政策・科学技術政策の比較研究に携わっているのですね。そのときの経験が主体となって、「日本の教育、教育論議は先進国外国人からどのように見られているか」という多くの事例をお持ちのようです。
そこで本書では、そのような事例が数多く登場します。

氏は、文部科学省の官僚であったといっても、学校教育はどうあるべきかという施策を直接立案する担当者ではなかったようです。それがために、本書でも、「教育はどうあるべきか」との議論はなされず、「教育論議はどうあるべきか」との議論になっています。それも、「外国人からどう見られているか」という点が多いです。

教育政策に携わる直接の担当者から見たら、「外国かぶれの外野が何か騒いでいる」「外国かぶれの外野は黙っていろ」といった感想しか生まれないかもしれません。
ですから、この本が契機になって日本の教育が良くなるか、というと、それほどの影響力は発揮しない可能性が高いです。

しかし、「日本での教育論議のここがおかしい」という外国人の指摘には、なるほどと思わせるところが多々あります。同じ外野として、興味深く読むことができました。
たとえば・・・

「先進諸国の教育専門家の間では、『学校教育の質を決定づける三要素』というものが、国際的な常識になっている。この三要素とは、①カリキュラムの質、②教員の質、③スクール・マネジメントの質である。」
そして、日本ではマネジメントのプロセスにそったロジカルな思考の欠如という問題があるとしています。
ノモンハン事件(1939)では、東京の大本営は関東軍に対して、「適切に対処せよ」という趣旨の命令を出しているが、この表現は、日本政府の教育行政当局が、地方教育行政当局や大学などに対して発する文書で頻繁に使っているもの、だそうです。

日本でゆとり教育が取り入れられるとき、「日本の学校教育は知識偏重・暗記中心で、考える力が養われていない」との認識が基になりましたが、現状分析や具体的データに基づかない錯誤だったようです。逆にアメリカの調査団が日本の教育を調査した結論は、「アメリカの小学校の理科教育は知識の詰め込みが中心だが、日本の小学校では、実験や身近な事象を通じて、科学的に考える力が養成されている」だったそうです。
つまり、教育行政当局は、「現状」の精緻な検証なしに「世の中のムード」に流されてしまったらしい、というのです。

西欧・北米の多くの国では、1960~70年代、それまでの詰め込み教育への批判と反省が高まり、「子ども達が学びたいことを、学びたいときに、学びたいように学ばせるべきであり、教師は子ども達の『自発的な学びのサポーター』たるべきであって、『教え込む』ということ自体がよくない」という考え方が流行しました。しかしこの考え方に基づく施策は機能せず、大規模な学力低下をもたらしたのです。
最近の日本のゆとり教育への動きを見て、西欧・北米の専門家達は、「日本人は、われわれの過ちを見ていないのか?」と言っていたのです。

「日本の教育基本法に定められた教育の目的を見ると多くの欧米人は驚愕する。それは『平和・正義・勤労』などといったことが『書かれている』からではなく、『知識・技能』という単語が『書かれていない』からである。」

氏は、「すべての子ども達に必要なこと」(「結果の平等」を追求すべき部分)と、「それ以外のこと」(「機会の均等を確保しておけばいい部分)とを区別して議論しなければならないのに、日本ではこれらを区別せずに議論しており、それがために議論が空回りしている、としています。

その他、興味を持って読んだ事項について、そのタイトルだけ抜き出してみると・・・
・ルール(全員が守らなければならないもの)とモラル(各人の自由でよいもの)の混同
・「リスクマネージメント」という発想の欠如
・「大学院」と「プロフェッショナルスクール」の違い
・日本独特の「大学入試」システムは改革されようとしているか?
などなど
コメント
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