みぞれ混じりの冷たい雨の午後。
師走のスクランブル交差点で、
信号待ちをしていると、
横断歩道を渡る男性に
ふと既視感(デジャブ)のようなものを感じた。
※ ※ ※
記憶のひだに埋もれていた出来事が
不意に鮮やかに蘇ることがある。
10年位前のことだ。
隣町のショッピングセンターの交差点で、
車に乗って信号待ちをしていると、
横断歩道を渡ってゆく父の姿を見つけた。
何年かぶりに見た父は、
背中を丸めた独特の歩き方をして、
ショッピングセンターの
植え込みの向こうへ消えて行った。
小柄な父だが以前会った時よりも
ずいぶんと痩せて見えた・・
それから十日後、独り暮らしの父は
風呂場で心臓発作を起こして急逝した…
隣人に発見されたのは2週間後だった。
父が逝ってもう10年近くになるだろうか。
両親が離婚したのは、
もうずいぶんと昔のことだ。
季節毎や父の日に
品物を送ることは欠かさなかった。
本当は届けて顔を見せてあげるのが
一番なのはわかっていた。
でも、 独り暮らしを続けていた父とは、
会うことはほとんどなかった。
人前では温和な人だったが、
怒ると性格が一変するような面があり、
母とは長年に渡って不仲だった。
子供には優しい父親だったが、
一家団欒とかそんな記憶はあまりない。
祖父母がいたから淋しくはなかったけれど、
朝も夜もいつも働き通しだった
母の記憶しかないような気もする。
* * *
横断歩道を渡って行った父は、
柔和な顔立ちで、
どこか嬉しそうだった。
何故あんなに穏やかな顔を
見せていたのだろうか…
私が、父の住んでいる隣町へ行ったのも
偶然…
ふだん車しか乗らない父が、
歩いてショッピングセンターへ行ったのも、
偶然だったのだろうか…
その夜、私は久しぶりに父に電話をした。
でも父は留守だった。
それから10日後、父は逝ってしまった。
父の声を聞くことは、
もう二度と、出来なくなってしまったのだ。
時々ふと、不思議な思いに囚われる。
父を許せずに、
会うことをいつも、
心のどこかで拒んでいたあの頃の自分。
最期が近づいた父の姿を
自分は見せられたのではなかったのか・・と。
何故なら、
今でも父を思い浮かべようとすると、
あの時のあの穏やかな顔しか
思い出せないからだ。
「さよなら」と誰かと、
何気なく交わしたその言葉が、
永遠の別れに、なってしまうかもしれない・・・
そんな思いは
父を見送った時から
ずっと持ち続けているような気がする。
だから「行ってらっしゃい」と
家族を玄関で見送る時には、
「気をつけてね」という言葉も
必ず付け加えるようにしている。
(追記)
人の人生とは、
過ちと後悔の繰り返しなのかもしれませんが、
過ぎてしまった年月や
背負ってしまった後悔の念に
ずっと囚われてしまっていては
前には進めないと私は思います。
だから、それが過ちだったと気づいたならば、
そこに何かの学びがあるんだと
受け止めていきたいと思っています。
たとえそれが、辛い出来事だとしても、
経験してみなければ、
過ちに気づけないということもありますし、
自分が痛みを経験しなければ、
人の痛みは実感できませんものね。
背負う荷物の大きさや重さは
人それぞれですよね。
でもたとえそれがどんなものであっても、
自分の荷物は、
自分で背負わなければならないし、
背負った重さの分だけ
それが経験として、
自分の中に積まれてゆくのなら
それもありかな・・と思ったりもします。
今の自分に出来ることを、一生懸命にやる。
自分の身の丈にあった
暮らしや仕事を精一杯やる。
とりあえず、どんなことでも
真面目にやっていれば
たとえ失敗しても仕方ないかな。
(2020年3月)