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ヘブライ語とケルト人・・神官ドルイドはアブラハムを継ぐ者なり、という説

2009-08-28 | その他先住民族
引き続き、中沢新一 編著の「ケルトの宗教・ドルイディズム」という本の中の、鶴岡真弓さんの「ドルイドと創られた古代」という章より、抜粋して引用します。

ヨーロッパの人々が、カトリックの権威からはなれて、自分たちのアイデンティティを模索し始めた時、新しい視点から自分たちの歴史をみることになりました。

日本にも、「日ユ同祖論」による国の成り立ちを説く仮説が根強くあるように、ヨーロッパの人々も、ユダヤと自分たちの歴史的因縁を直観することから「我らの国の成り立ち」を模索する人々が登場しました。

一方、自分たちの魂の源として、彼らの国土に立ち並ぶ多くの古代の巨石群や、ケルトの伝説的宗教指導者であったドルイドの風貌が、彼らの心の中に、しっかりと根付いていることを明らかに意識するようになっていったのだと思います。

そして、その二つを結び合わせることで、聖書の近代的解釈が試みられ、自分たちのアイデンティティの再構築の試みがなされたのだと思います。


*****

                 (引用ここから)


ドルイドの復元やケルト人の復元は16-18世紀にキリスト教西欧で行われた「聖書という起源」への創造に深く関わらざるをえなかった。

それは厳密にいえば、西欧の諸国家の権威によってヘブライ的ないし旧約的起源へ強制的に向かわされたケルトであり、ドルイドである。

16世紀、宗教改革は、聖書に「教会の解釈」が介在することを拒否して、聖書を信者がじかに読むことを推奨した結果、聖書のテキストの研究と原型の復元が急速におこなわれることになるが、旧約聖書の言葉、つまり神の言葉であるヘブライ語の権威の再創造はルネサンス期にすでに始まっていた。

そしてこのヘブライ語の「語系」とケルト人の「人種的系譜」が思いがけないかたちで交差するこの時、ケルト語とケルト人の主題は近代的歴史学の平面に召喚される。


「ドルイド」史は、ノアやエデンの園にさかのぼる血統をヨーロッパ人が持っているという神話に寄与するのである。

すなわちヨーロッパ人はノアの3人の息子セム・ハム・ヤペテのうち、ヤペテの子の「ゴメル」を通じてノアの子孫である、という「神話」の創造である。


「西欧の国民がノアの子孫である」という起源神話は、イタリアの出身でドミニコ会の神学者にして東方学者であったジョヴァンニ・アン二ウスの偽古典的テキストから広まったものである。

アンニウスは、「大洪水後の世界に生き残った民族たちの歴史」を書き、古代史として1498年にローマとヴェネチアで出版したが、それは古代バビロニアの神官で歴史家のベロススの文書「バビロニア誌」に帰せられるものであると主張した。


「バビロニア誌」とは、ベロススが前290年ごろ書き、散逸したとされる、大洪水に関するテキストであり、これに拠ったとするのである。


同書はただちにフランス、フランドル、ドイツで翻訳されて、批判を受けながらも17世紀まで、「ヨーロッパ人のノア子孫説」をけん引したのだった。



この説をケルト人ないしガリア人の子孫であるフランスの国家ほど発展させたところはない。

ヘブライ語の復権に寄与したユートピアン、ギヨーム・ド・ポステルはヘブライ語とケルト人のつながりを強調している。

すなわち、ヘブライ語はノアの子孫に由来し、ヘブライ語からアラビア語また“間接的に”ギリシア語が派生した。

そしてノアの子の子(孫)から(直系で)ケルト人・ガリア人が出た。

ゴメルは小アジアからヨーロッパまでの未開地を割り当てられ、(旧約的な)キリスト教世界の西の地帯を治めることになったからである。


またポステルは「世界予言集(1556年)」で、「ガリア人はヘブライ語で“波に打ち勝った者”の意味であり、したがってガリア人は大洪水から生き残った者を意味する。」という伝説的語源論を展開した。

この書は「ガリアの王の祖とトロイアの王の祖が、ノアの子供にさかのぼる」という説をとっており、圧倒的にガリア人と聖書的古代を結び付ける考え方を広めるものとなった。


またゴメルはギリシア人によってガラタイ(ガラティア)と呼ばれた人々であり、ガラタイはガリア人である。
したがってゴメルはガリアの最初の王である、という説もある。


こうしたヘブライ語という神の言語を使う民の一員として、ガリア人をキリスト教の歴史時間に組み入れたアルプス以北の諸国は、ここに、古典古代の文献に描かれた「ドルイド」を“古代の族長”として、キリスト教の族長と結びつける作業を行うこととなる。

                (引用ここまで)

      *****


wiki「ノアの方舟(はこぶね)」より

ヤハヴェは地上に増えた人々やネフィリムが悪を行っているのを見て、これを洪水で滅ぼすと「神に従う無垢な人」であったノア(当時600歳)に天使アルスヤラルユル(ウリエル)を通じて告げ、ノアに箱舟の建設を命じた。

ノアとその家族8人は一生懸命働いた。

その間、ノアは伝道して、大洪水が来ることを前もって人々に知らせたが、耳を傾ける者はいなかった。

箱舟はゴフェルの木でつくられ、三階建てで内部に小部屋が多く設けられていた。

ノアは箱舟を完成させると、家族とその妻子、すべての動物のつがいを箱舟に乗せた。

洪水は40日40夜続き、地上に生きていたものを滅ぼしつくした。
水は150日の間、地上で勢いを失わなかった。

その後、箱舟はアララト山の上にとまった。

40日のあと、ノアは鴉を放ったが、とまるところがなく帰ってきた。

さらに鳩を放したが、同じように戻ってきた。

7日後、もう一度鳩を放すと、鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。

さらに7日たって鳩を放すと、鳩はもう戻ってこなかった。

ノアは水が引いたことを知り、家族と動物たちと共に箱舟を出た。

そこに祭壇を築いて、焼き尽くす生け贄を神に捧げた。

神はこれに対して、ノアとその息子たちを祝福し、ノアとその息子たちと後の子孫たち、そして地上の全ての肉なるものに対し、全ての生きとし生ける物を絶滅させてしまうような大洪水は、決して起こさない事を契約した。

その契約の証として、空に虹をかけたという。

             旧約聖書『創世記』より


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