<欧州の今>「衰退」「イスラム化」に不安」
読売新聞2015・08・12
<現実の反映>
欧州は衰退していく。
そんな感覚に西欧がとらわれている。
併せて、欧州はいずれイスラム化するとの悲観論がイスラム系人口の多いフランスを中心に広がっている。
「衰退感覚は現実の反映だ」。
フランスの人気作家ミシェル・ウェルベックさんは、パリの出版社の一室で紫煙をくゆらす。
「フランスは企業倒産が続き、産業は空洞化し、雇用がいちだんと減っている。
ごく普通の若者が職を求めて外国に出る。
ベトナムやタイでパン屋や食堂を開く夢を抱く。
国外の方が夢を実現できると考える・・これは衰退の表れだ。
フランス人の虚栄心は、傷ついている」。
同氏は時の人だ。
フランスで2022年、イスラム教徒の大統領が誕生するーー。
こんな刺激的な筋立ての小説「服従」を1月7日に刊行した。
その日イスラム系の兄弟がパリの風刺週刊誌シャルリー・エブド編集部を襲撃し、風刺漫画家ら12人を殺害した。
同日付のシャルリー・エブド1面を飾ったのは「予言者ウェルベック」の戯画。
「服従」はフランス、ドイツ、イタリアなどでベストセラーに。
「事件に衝撃を受けた。わたしの友人も殺された」。
イスラム大統領誕生の可能性を聞くと、同氏は「その可能性があると考え、不安に思うフランス人、西欧人がいる。小説は現代の
不安を描いた」と言って、こう説明する。
フランスの若者人口の約10パーセントがイスラム系。
移民は子だくさんで今後、さらに増える。
一方、西欧人は自由・消費・快楽など、個人の欲望を満たす自分たちの生き方に、誰もが憧れると信じてきた。
だがイスラム系の一部はイスラム教の聖典「コーラン」の教えに従う生き方こそが優れていると確信し、西欧流を否定。
西欧に失望し、イスラム教に改宗する西欧人も出てきた。
フランスはイスラム系に対する人口的、文化的優位を失う可能性がある。
我々はイスラムに脅かされていると感じる。
中国にも、経済危機にも、環境汚染にもおびやかされている。
あやうい世界に生きている。
そういう感覚は現代の特徴だ。
<疑心暗鬼>
イスラム化について、フランス社会学者ラファエル・リオジエは、「全くの被害妄想」と反論する。
統計的に見てイスラム系移民2世3世の出生率はフランス平均に近づく。
人口比率の逆転はあり得ない。
加えて移民の9割以上はフランス社会に同化している。
同氏は「被害妄想が生まれたのは、欧州の衰退という認めたくない現実を突きつけられた結果」と考える。
西欧は20世紀の2つの大戦を経て、軍事、政治、経済で世界の中心の座を米国に譲る。
それでも、西欧文明は別格と自認し、世界から一目置かれてきた。だが、2003年のイラク戦争では米国が仏独の見解をまった
く無視して、世界戦略上の重大な決定をする。
戦争に反対する仏独は「古い欧州」と切り捨てられた。
もはや西欧は一目置かれる存在ではない。
自尊心は完全に否定された。
同氏は「ナルシストが傷つくように、西欧は傷ついた」と言う。
そして姿の見えない敵に囲まれているとの疑心暗鬼に陥る。
敵を特定しなければ、不安が高じる。
そこで眼前のイスラム系住民を敵として意識した。
仏語辞典によれば、「イスラム化」という言葉が使われだしたのは2003年頃のことだ。
<専制支配再来>
今、欧州衰退を論じる本が目につく。
仏独などで話題になった一冊が、現代欧州と共和制ローマ(前509~前27)末期を比較した「衰退」。
著者のベルギー人は古代ローマ学者であり「二つの時代は似ている。
どちらも移行期の危機にある」と話す。
同氏の主張は、こうだ。
失業と移民、治安の悪化、少子高齢化、文明とテロの戦い。
こうした問題を政治エリートが解決できず、市民は政治に不信を抱く。
ポピュリスト(大衆迎合主義者)が台頭し、政情の安定が損なわれていく。
これは二つの時代の類似点だ。
共和制ローマの場合、改革は失敗を重ね、内戦を経てアウグストゥスによる帝政に至る。
アウグストゥスは「修復された共和制」と呼んだが、実際は専制支配。
政情は安定し、市民は物質的には満たされる。
だが、自由は失われ、躍動感や知的きらめきは消えた。
停滞した安定だった」。
欧州の行方はどうか?
「経済危機が更に深刻になり、移民との衝突がひんぱんに起きるようになれば、いずれは専制支配が出現する。
その後は、欧州は数世紀をかけて、緩慢に衰退し続ける」。
こうした同氏の見解に、ウェルベック氏は影響を受けたと指摘される。
「ウェルベック氏が予感しているのも、専制支配の到来だと思う
これは知識人の多くが共有する予感だ。
それが欧州の今の気分だ。
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