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拉致の解決を願って
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ますもとさんを励ます会 にて(2004/6/19)

2004-06-19 | 荒木和博氏講演集
荒木和博さんの挨拶 (拓殖大学助教授・特定失踪者調査会代表)

2004年6月19日~ますもとさんを励ます会(照北会主催)にて~

ご紹介頂きました荒木でございます。現在『特定失踪者問題調査会』と申します、北朝鮮に拉致された可能性のある人の失踪事件について調査する団体の代表を致しております。

私は昨年の一月まで『救う会全国協議会』の事務局長を致しておりましたが、9.17以降、曽我ひとみさんがでてきたことによって『あるいは自分のところの家族も拉致をされたのではないか』との問い合わせが救う会に相次ぐようになりました。これに対応するために別途の団体を作りその代表となることになった次第でございます。

そして、特定失踪者問題調査会がスタートするときに、家族会からもだれ理事を出てくれないかとお願いしたところ増元さんが快く引き受けてくださいました。『私しかやる人はいないでしょう』というふうなことで自分からすすんでで私どもの活動にご協力をして頂き、ご家族とお会いいただいたりいろいろ議論をするということで忙しい時間の中を割いて頂いてきました。

私と増元さんは救う会のときからご一緒に活動しているのですが、(3年前になりますか)一緒に二人でジュネーブに参りました。-国連の人権委員会に要請を行うと言うことだったのですけれども-その帰りの飛行機の中でお話をしていて、-まぁ、その当時で23年間ですか-『大変だったでしょうね』という話をいたしましたら、増元さんがポツッと『よくおふくろが頭がおかしくならなかったと思いますよ』というふうに仰っていました。
こういう苦しみというのは我々いくら支援者として活動していてもあくまで支援者でありまして、そういう苦しみを自分が受けることはありません。『ひょっとして自分の家族がそうなったらどうだろうな?』と考えることはありますけれど、しかしいくら想像しても想像の範囲とそれ(苦しみ)を実際に受けてきたと言うことはそれは全く違うのでございまして、わたしはそういう意味でも、そういう苦しみを26年間これまで受け続けてきた増元さんが国政の場で活躍して頂くと言うことが、やはり大きな意味があるのではないかというふうに思っているわけでございます。

自分自身この救う会でやって参りました5年間の間『家族のいなくなる』と言うことの苦しみが眞にお恥ずかしい話ですが正直言って解りませんでした。
-被害者は北朝鮮にる、それをどうやって取り返すか-ということに自分の気持ちも焦点がいっておりましたので(家族が)その間どういった想いだったかということについて、思いを致すことはなかったわけです。

ところが、失踪者のことをやりまして、失踪者のご家族とお会いをする。(まだ北朝鮮かどうかわからないというところからスタートするわけですけれども)その家族がいなくなったときの気持ち---ある日お母さんからタバコを買いに行ってと言われて家を出ていく、わずか50mさきのタバコの自動販売機のところまでダバコを買いに行く、短パンにTシャツで、そしてわずか2~300円のお金だけ持って出で行ってその後全く行方がわからない---そういうような話を次から次に聞きまして家族が消えるということの恐ろしさというものを、もちろんそれは実感ではないんです、人から聞いた話でしかないんですけれども、それでもこんなに恐ろしいことだったのかとホントにつくづく感じました。
考えてみれば家族会の皆さんも全く同じ苦しみをそうやって受けてきたわけでありまして、5年間救う会の活動をしてきて自分がそんなことにも気が付かなかったと非常に強く反省をした次第でございます。

北朝鮮は今でも拉致をやめていないのです。これから先も必要で有ればいくらでも拉致をしてくると思います。そして今、この国はそういった拉致に対して本当に無防備な国です。
日本の海岸線というのはアメリカの半分あるんだそうです。どっからでも入れます。
韓国は、(今もう随分いい加減になりましたが)かなりきっちりと海岸線にず~と陸軍の兵士を歩哨にたてて警戒して、鉄条網を張り巡らせていたわけです。それでも入ってくるのです。
日本はもう、何もしていないと同じです。

そして拉致も、いわゆる海岸線で袋をもって待ちかまえるというようなケースはおそらく極少ないのではないかと思っています。私どもは増元さんと市川さんの拉致も、やはりある程度周到な準備されていておこなわれたのではないかというような感じがしております。
準備をしていて、どこかで騙して、そして一端(この部屋でも同じですが)密室の中に入ってしまえば跡は何してもわかりません。当て身を食らわせて気絶をさせて、あとは箱とか袋に詰めて荷物に偽装して持ち出せば誰にも解らない。車で走ればすぐに海岸にでる。おそらくそれも、工作船がまっているところにいきなり捕まえて連れて行ったと言うケースよりも、どこかにアジトがあってそこに何日間か監禁した上で連れて行ったというケースも少なくないと思っております。

そうすると、今でも拉致というのはいくらでも出来るんです。
そして増元さんがそうであったように拉致される対象というのは北朝鮮と何の関係もない人たちです。
ここにおられるみなさんやそのご家族が拉致の対象になるということも十分に考えられると言うことございまして、この拉致問題というのは正に『我々が我々自身、あるいは我々の家族を救う為にどうするかという戦い』であるのだと私は思っております。今この国は拉致と言う拉致に本当に無防備なのです。

私自身もスタートしたときは、横田さんのご両親あるいは増元さん、みなさん一生懸命やっていらっしゃるのをみて、これはやっぱりなんか少しは役に立たなければいけないということではじめたことではあったんですけれども、今私の気持ちは、単にこれがご家族が、あるいは被害者がかわいそうだからやるというのではなくて、これをやって拉致をされた方を全員連れ戻すことがイコール私達自身の安全を守ることになるという風に感じています。

東京の町中からも消えた人の数というのは非常に沢山いるんです。
拉致は北海道から沖縄まで、日本海側であろうが内陸だろうが太平洋だろうが関係なく行われております
そしてなおかつ始末の悪いことにはこの国の政府はその事実をず~と隠蔽をしてきました。拉致などと言うことは有ってはならないことだと言ったときに、当然拉致をされたならそれを絶対に取り返すんだというふうにならなければいけないのに、この国のやってきたことは『有ってはならないことだから無かったことにしよう。。。。』いう方になってしまったのです。

その為に被害者が更に増えていった。昭和52年の9月に久米裕さんが拉致をされました。見つかったときに石川県警は犯人の一人を逮捕しています。しかしその事実は一切外に出しませんでした。もしあのときにせめて日本海側だけでも『こういうことが行われている、(北朝鮮に拉致だと言うことは間もなくその犯人が自供して解るんですが)拉致が行われている、警戒をしてください』ということを一般の国民に広報することが出来たなら、そのあと2月後に起こった横田めぐみさんの事件、あるいは翌年におきた増元さんをはじめとするアベックの拉致事件は起きなかったかもしれないのです。
しかしそれを一切政府は明らかにしてきませんでした。

時間がないので詳しい話はできませんが我々やってくにしたがって、そういうことについての話を次から次に聞くに至りまして、本当にこれは『国の問題だ』ということを感じました。
今、日朝の国交正常化ということを言う人がたくさおられますけれど、しかし必要なことは国交の正常化ではなくて『日本と北朝鮮のそれぞれの正常化』です。日本が正常な国になり、北朝鮮が正常な国になったら国交なんかその次の日にでも結ぶことが出来るです。両方が不正常な状態で国交を結ぶなんてことは絶対に有ってはいけないことだと私どもは考えております。

どうかこの今回増元さんの選挙、厳しい中で増元さんが決意をしてくれました。
私どもとしても、決意に答えてそして増元さんの当選をステップとして拉致問題の全面解決へと一気に乗っていきたいと思っております。

日本と北朝鮮を比べた時に、人口で言えば3倍、面積で言えば6倍、経済力などくらべものにもなりません。軍隊は北朝鮮は100万いると言いますけれど、その大部分がまともに飯も食えないで山賊まがいのことをしていると言う国です。こんな国に日本が負けているはずがありません。我が国が力を出せばこの問題は絶対に簡単に解決することが出来ます。しかしその決断を下せる人間がいないと言う残念な状況がずっと続いています。増元さんが国会議員になることでそこに何とか持っていきたい。この国の国民が決意をもって北朝鮮に対するとき絶対に全ての拉致被害者を取り返すことができます。どうかみなさんこの選挙を通じてそれを実現するための場だと、是非ともお考え頂きたいとお願いを申し上げまして私のご挨拶を終わらせて頂きます。
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