国鉄があった時代blog版 鉄道ジャーナリスト加藤好啓

 国鉄当時を知る方に是非思い出話など教えていただければと思っています。
 国会審議議事録を掲載中です。

団体専用列車という名のパック旅行 第2夜 和歌山→東京編

2015-03-14 23:12:51 | 国鉄思いで夜話

団体専用列車という名のパック旅行後編

すみません、思い切り間が空いてしまいました。
本日もしばしお付き合いください。

昭和38年の南紀観光団体列車からアップさせていただこうと思うのですが、今回は後編としてアップさせていただきます。



13:59に東和歌山(当時の駅名・現在の和歌山駅)駅に到着した列車は、ここで和歌山線に歩を進める事となります。
ここからの経路が結構ユニークで、和歌山駅を出ると現在の和歌山線を通って橋本方面に向かうのですが、この線路元々は貨物支線という扱いであり旅客営業キロは定められていませんでした。

正確に言えば、貨物支線として 田井ノ瀬駅~東和歌山駅(現在の和歌山駅)間を昭和36年に使用開始したものであり、当該列車他2本の準急列車がこの線路を使って旅客輸送を行っていました。

白浜まで急行であった、南紀団体観光列車は列車種別が準急となり、和歌山線内は途中、橋本・五条・高田と停車し王寺駅に到着、王寺駅から関西線をそのまま東上するのではなく奈良駅で再び進路を変えます。

奈良駅で8分停車した17:12分、今度は、奈良線にその歩を進めることになります。
ただし、奈良線内はノンストップで宇治も稲荷も通過、京都駅には18:18到着となります。

なお、和歌山からやってきた乗客は京都で宿泊したのでしょう。
当時の観光団体列車は、こうした列車と旅館までがセットになっているいわゆるお仕着せの旅行でした。

奈良から京都に出てきた準急南紀観光団体専用列車は、1時間31分停車した後、京都始発の団体夜行列車として、再び準急から急行に種別変更のうえ南紀・信越・日光観光団体列車として東京を目指すことになります。

途中、米原・名古屋・豊橋・浜松・静岡・沼津・熱海・横浜と停車して、朝の5:30に東京駅に到着です。この列車名称が信越・日光観光団体列車となっていますが、東京駅が終着のようです。

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