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いまの相撲の揉め事はモンゴルと日本の相撲文化の小さな一衝突

2017-12-25 04:47:28 | 日記

2017/12/25 (敬称は省略)

いまの相撲の揉め事はモンゴルと日本の相撲文化の小さな一衝突

●言い方を変えならば最近はやりの外来生物の侵入のことともおなじで、固有文化、もっと大きく言えば文明にまで拡大しても根のことは同じだ。 すべて個を守ることは外の個との異種受け入れ排除・軋轢を伴う。 いずれ駆逐されるか馴染んで取り込むかで時間の経過で収まる。 ただ日本の相撲道も結構古くすこしくは解決にさらなる経過が必要かもしれない。 明らかに元々日本にないものであればこういう揉め事にはならぬが、例えばレスリングのようなものは日本に同種の固有競技は元々なかったので今回のようなトラブルは起こらなかった。 いわゆる競技の技能・技術に似て非なる曖昧な部分が勝負事だけに微妙な判定差が生じる部分が根っこにあるのはこれからも難しい調整を迫られる。 それにしても大らかな遥かなる草原大地に生まれているモンゴル相撲には、日本で古来独特の発展してきた相撲とはやはり技もそうだが精神性においても独特の差がある。 やはり日本柔道が世界の規範になって今の隆盛と普遍性・汎用性を獲得したのにはそれなりの先人と世界が受け入れる度量を示したことにある。 ただ柔道はスポーツとして繁栄したが、相撲はやはりスポーツかと言われると難しい。 やはり歌舞伎のように興行として庶民に受け入れられた文化である。 日本相撲もそれの範疇に入る。 モンゴル相撲はその意味で郷に入れば郷に従うの規律だけは守らないと単なる押しかけで終わってしまう。 やはり相撲には様式美という日本独特の形と精神性のふたつはどうしても欠くわけにはいかない。 なんでも勝てばいいと言うのではいずれ日本人から興業の面でも精神的反発を受けるだろう。 横綱の白鵬が思い上がっているという一部の筋の反発も分からぬでもない。 今回の事件は起こるべくして起こった文化の衝突であった。 相互が冷静に頭を冷やすことだ。 モンゴル相撲が日本に出稼ぎという時代は終わった。 日本の興行と精神性のバランスの上に立った新たな日蒙だけでなく柔道のごとく普遍的な新たな段階に向かうためにも大いなる発展途上段階のマネジメントの試練期かもしれない。

ハワイの一時期のあの怒涛のブーム時代も本当に懐かしいものだった。

その余地は相撲には今も残されているのだ。

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