パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

話を聞いてられないのは、、、

2019年12月14日 10時37分01秒 | 子どもたちのこと

平易な文章ながら、その光景がフッと目に浮かぶ喚起力に満ちた
エッセイが須賀敦子の作品
つい嫉妬してしまいそうになるが、短くて読みやすいので
(その割には読み進めていなかったが)
手にしたのが河出文庫の「霧のむこうに住みたい」

その中に、作者はさほど気にして書いたのではないだろうが
読み手として気になったところがあった

「となりの町の山車のように」と題された冒頭部分

教室であの子はいつも気を散らしています。
母が学校の先生に会いに行くと、いつもそう言われて帰ってきた。
どうして、ちゃんと先生のいうことを聞いてられないの?
母はなさけなさそうに、私を叱った。
聞いていないわけじゃないのよ。わたしにも言い分があった。
聞いてると、そこからいっぱい考えがわいてきて、先生のいってることがわからなくなるの。
そういうのを、脱線というのよ。お願いだから、脱線しないで。
脱線しないようにしよう。わたしは無駄な決心をした

この部分が気になったのは、月木の勉強のお手伝いの時の
落ち着きの無い子たちの様子がすぐに頭に浮かんだからだ

彼らはストレスが溜まっているかもしれないが
頭にいろんなことが浮かんで思いついたことを言いたくて仕方ないのかもしれない
むしろ、そのように考えたほうが納得できそう気さえする

子どもたちには現在進行系の時間しか存在しないように思える
今起きていること、そこから喚起されたこと、その時の怒り、悲しみ、喜び
それらが整理されずに一気に頭に浮かぶ
現在進行系の時間しかないから先程まで喧嘩していたのに、しばらくすると
泣いたカラスがもう笑う状態で、じゃれ合っているを見かける

ただ、現在進行系の時間しか経験していないようでも着実に脳のニューロンは伸びて
記憶は蓄積されていく
子どもたちが子どもたちでいられる時間はとても貴重だし
その時間(何をしても見守られている時間)を体験し尽くさないと可愛そうと思えてしまう

でも大人としては、現場でちゃんと勉強してくれないと困るのも事実
(大人に心の余裕が無いと駄目みたい)
こんな風に手こずるお手伝いは、いろいろな発見があって面白い

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