父の思い出はあまり多くない
だが一つ覚えていることがある
「いつか(お前も)わかる」と父が言ったことだ
多分、血気盛で生意気な自分が「こうあるべきだ!」
と一本調子な理屈で問い詰めたのだと思う(多分、高校時代)
(社会が)上手くいかないのは、やるべきことをしていなくて
一人ひとりが甘えているからだと怒りながら言ったと思う
「だが、そうじゃない、人間は、、、いつか、お前もわかる」
父はそう言ったが、何か誤魔化されたような気分でスッキリしなかった
今、父の生きていた年齢を超えて感じるのは
父の言ったとおりかもしれない!という思いだ
確かに自分でも自覚しているが、昔よりは丸くなった
(体型ではなくて性格的が)
昔は、あるべき姿がこうなら、こうすべきだ
ずるいとか横着なことはいけない
ちゃんとすべきことを一人ひとりがしていけばすべてうまく収まる
と言っていた
しかし今は横着で、ずるくて、面倒くさがりで、怒りっぽくて
楽したくて、責任は負いたくない、、、と思うような人が
自分も含めて大勢いることを経験しているので
物事は理屈どおりにいかないのが当たり前と思う
何故、彼のことをそんなに軽蔑していたのだろう?
と思っていた人のことを思い出す
彼は一応、責任ある立場にいたが、それまでは言われたことをやるだけ
(つまりは公務員)の生活が長く、それは自身の生き方にまでなっていた
だから判断はあいまいで、、せっかちな自分は、覚悟も責任感もなくて、、
と思えて仕方なかった
でも、しばらくの時間をおいて、その人と会った時に
自分の感じ方の変化に気がついた
簡単に言えば、「そういうこともあるだろうな」と思えるようになったのだ
ひとにはいろんな事情や性格がある
そして、そういう人たちの気持ちを想像する余裕が持てるようになると
それも仕方ないとも思えるようになったのだ
世の中は自分が思う通りに行くことは、殆ど無い、、という自身の経験は
ありがたいことに、諦めという形にならずに
それでも何かを求めたい!という性格になりつつある
でも、面倒くさいやつだな、、と人は思っているかもしれない
(それでも、いつかわかる!と思うことにしている)
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