Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

「対決」展に行ってきました(前編)

2008年07月09日 | 美術鑑賞・展覧会
「対決」展の記事を書いてから一日経たない内に、現地突撃を敢行してきました。
思い立ったら動くが勝ち、動かせる予定は後回しということで「大黒」の元へと
走ってしまったけど、後悔はしてません!(後々大変そうだけど)
結局ほぼ丸一日を東博内で過ごしましたが、それだけの時間は必要です。

朝11時前くらいに会場に入りましたが、まだ2日目ということで客の出足も
予想ほどではありませんでした。でも平日なのに結構入ってましたが。
係員に聞くと、「予想よりは少ないですね」とのことでしたが、会期が一ヶ月しか
ありませんから、後ろで混みあうと大変なことになりそうです。

音声ガイドを借りると、紹介作品と声優さんを書いた一覧がもらえます。
詳細なプロフィールは製作を担当したしたART&PARTさんのページでどうぞ。
目当ての「大黒」にも、しっかりと音声ガイドがついてました。
展示替えとなる13日以降はたぶん「俊寛」に変わるのでしょう。

冒頭は運慶と快慶による地蔵菩薩像。
運慶のボリューム感ある作風に対し、快慶は顔こそややのっぺりしているものの
衣の繊細さはまるでレースみたいです。
運慶を担当した櫻井孝宏はスザクより落ち着いた声で、トップバッターとしては
十分な仕事をしてましたよ。

続いては雪舟と雪村。
筆の達者さでは雪舟ですが、雪村には師の雪舟を上回る想像力を感じます。
「蝦墓鉄拐図」のダイナミックな動きは、本展でも有数のものでした。

お次はいよいよ展覧会の両主砲、永徳vs等伯です。

永徳の「檜図屏風」は荒々しく見えますが、実は葉の表現などは極めて繊細。
しかし永徳の筆はよく走る走る、大画ほど描線の美しさと迷いのなさが際立つ感じ。
まるでトップF1レーサーのライン取りを見ているような気持ちになりました。
屏風の特性を生かした立体視効果も抜群の効果をあげてます。
「松に叭叭鳥・柳に白鷺図屏風」など、斜め視点から見ると滝のしぶきや水の流れ出しが
3D感覚で感じられます。
「花鳥図襖」の水に浸かった枝の描写も見逃せません。

等伯の「松林図屏風」は穏やかな画風だけど、それぞれの描線は実に大胆です。
等伯の線は細くすーっと伸びるところが魅力だと思うのですが、「松林図屏風」だけは
まるで前衛絵画のようなグジャグジャ線も使ってるのがおもしろい。
でも全体で見るときちんとまとまって、うさんくささを微塵も見せません。
「「萩芒図屏風」で見せた「自然をそのまま図に落とし込む」感覚は、写真でしか見た事のない
智積院の「楓貼付図」に通じるものを感じました。一度実物が見たい!

そして私にとっての大本命、長次郎と光悦が登場。
長次郎の「大黒」を見て、その見込みをのぞき込めたというだけでも幸せですが、今回は
さらに「無一物」「俊寛」「道成寺」といった代表作もたっぷりと眺めることができて
ますます長次郎のとりこになってしまいました。
本館の平常展では「尼寺」も展示中なので、こちらも見逃さないように。

対する光悦ですが、茶碗作品をこれだけまとめて見たのは初めてです。
「加賀光悦」の量感、「七里」のモダンさ、「毘沙門堂」の奔放さと「時雨」の厳粛さ。
楽家にならって簡潔にまとめた作風とやりすぎない自己主張が同居する各碗はどれも
見事ですが、やはり長次郎と並べてみると、どうしても作為性が強いと感じます。

使い手(この場合はまず利休)に寄り添ってその意を汲むために生み出された長次郎作と
作り手の自己表現がまず優先される光悦作。
光悦の演出性も魅力的ではありますが、私が茶碗を見るときに最も至福を感じるのは
その碗に自分を委ねるように、無私に近い感覚で碗と向き合っている時間です。
そんな時に最も落ち着けるのは、やはり長次郎の碗なのですよ。
もし碗の中に自分の「心」を入れられるなら、私は長次郎の作品を選びます。

ここまでで約半分、茶碗で気力をかなり吸われたので小休止を入れました。
このあとの後半部は次回に。
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東京国立博物館平成館にて8月17日(日)まで開催中。公式サイトはこちら。 「攻殻