河童の歌声

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娘よ・上海和平飯店

2018-08-16 21:27:24 | 日記
②2015年1月1日 和平飯店ジャズバーにて


1歳10ヶ月の娘を連れて1か月間の中国旅行に行ったのは、
1993年でした。

上海ではジャズで有名な和平飯店に行き、
老ジャズメン達の演奏を聴きました。
お客さん達がいっぱいその前でダンスをしていました。

老上海爵士樂團「玫瑰玫瑰我愛你」


この歌を聴いたのは何年振りだろう?
凄く懐かしい歌です。
我愛你(ウォーアイニー)アイラブユー。
この中国語を聴くのも久しぶり。

音楽が好きだったみたいで、
娘は大勢の大人達の踊っている間を、
踏みつけられるんじゃないかと心配する位、
チョロチョロして、一緒に踊っているつもりなのか、
ウロウロと彷徨っていました。





あの時の娘の姿を思い出すと、
輝いていた瞬間を思って、懐かしさを想うばかりです。

私達は上海に何泊かしましたが、
和平飯店に近いホテルではダブルブッキングとなり、
そのホテルで最高級の部屋に泊まる事になりました。

でも、最高級というのは、
一泊だけだと何の意味もなく、ただ広いというだけでした。

あの時の娘は、本当にいじらしかった。








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唄われなくなった歌

2018-08-16 19:35:21 | 歌声喫茶
勝利の日まで


先日、妻と歌声喫茶に行く為に、駅までの道を歩いていました。
その時私の脳裏に急に浮かんだ歌が、
冒頭の歌「勝利の日まで」でした。

「丘にはためく、あの日の丸を・・・・
我等はみんな 力の限り 勝利の日まで勝利の日まで」

昭和19年、古賀政男作曲の戦時歌謡。
勿論、歌詞など殆ど知りませんが、
出だし部分と、勝利の日まで、という部分は知っています。
メロディーも正確ではないかも知れませんが覚えています。

思わず、鼻歌で口ずさんでしまいました。
歌詞の内容はとも角、音楽的には、いい歌だな~と、
結構好きな部類に入ります。

その歌の事を妻に話したら、
妻は「あ~その歌ね」と言って彼女が口ずさんだのは、

【歌えるオールディーズ 7】 勝利を我らに (ジョーン・バエズ)


歌声喫茶でもよく唄われる歌。
勝利を我等に(WeShall Overcome)の方でした。

私がそれとは違うよと言うと、
妻は「私、そんな歌知らない」だと。
そりゃそうだ。
私は昔、軍歌の類をけっこう唄ったので、
そんな戦時歌謡などという歌を知っているんですから。

しかし、私の口ずさんだ歌「勝利の日まで」
これが、復活するなんて、凡そあり得ませんね。
そういった歌というのは、かなり有りますね。

11.5.14.うたごえ一周山手線・町田うたごえ広場


この歌は「うたごえ一周山手線」
2011年5月29日に、
山手線全車両を借り切って行われた一大イベントでしたが、
それに先立って、町田の歌声喫茶でお披露目で唄ったものです。
全部で31番まであり、
それを全部唄うと、多分16~17分くらいかかる様です。

作詞・作曲は、
「風よあなたは」「尾瀬ヶ原」「天国までは何マイル」
でお馴染みにの、池田あきよしさんです。

池田さんはこの歌の歌詞を考える為に、
山手線を2周したとか語っていました。
ですが、この歌が再び唄われる事は、殆ど無いと思われます。
折角、作詞・作曲をして頂いた池田さんには、
申し訳ないというか悲しいというか、そういう状態になってしまいました。

2010年か2011年頃だったか、
歌声喫茶用のプロジェクター歌詞を製作している、
東京の歌声喫茶界の有名人・小田さんが、
結婚する前の私と妻とが、
年がら年中一緒に歌声喫茶行脚をしているの見て、
ヒントを得て「うたごえ快援隊」という歌を作りました。

①  俺はうたごえ 快援隊だ
   あちらこちらで 汗水流し
   疲れて揺られる 帰りの電車
   酔って乗り越し 毎度のことさ

②  私はうたごえ 快援隊だ
   良い歌広めに うたごえめぐり
   疲れて揺られる 帰りの電車
   待っているのは 冷たい布団
 
③  俺とあなたは うたごえ仲間
   今日も一日 あちこちまわり
   デイトの替わりが うたごえ喫茶
   ここでストレス 発散だ

  

メロディーは、荒木栄作曲の
「炭郎くんと炭子さん」です。

当時は数回唄いましたが、
今ではもう唄われなくなっています。

こういった具合に、唄われなくなる歌というのは存在します。
それはある意味、仕方のない事ではありますが、
チョッと淋しい気がしますね。




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