ヨガとびすたりな生き方

ヨガを通じて、自分とは? 生きること、死ぬことって?
などとつぶやきながら過ごす日々の日記…のようなもの。 

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インドのイム?

2015-04-29 16:28:38 | 日記

上野公園での外ヨガに向かうべく、ヨガマット4本を入れたザックを背負って道を歩いていました。
ふと、目をやった先にあったポスターに。
「インドのイム」とタイトルが…。
いかにもインド的な色合いのそのポスターには仏像の写真が。
開催は国立科学博物館。
なんと3月中旬から始まっていて、5月半ばには終わってしまうという!

知らなかった!
これは是非行かなければ!
GW明けに必ず行くぞ!!

でも…
タイトルの「イントのイム」ってなに?
インドのことだ、あたしにはまだまだ計り知れない秘密の世界があるのかもしれない。
んんんん~、とても興味深い。
んんんん~、インドのイムって、いったいどんな世界なんだろう!? 実に興味深い!!
インドのイム、インドのイム、インドのイム…

さて、外ヨガは気持ちの良い風と日差しの中無事に終了しました。
参加してくれた皆さんにも満足していただき、今度は蓮の花咲くころに早朝ヨガをすることにもなりました。
現地で解散して、途中まで参加者の一人の方と一緒に道を歩いていたら…。

またあのポスターが!
あたしと彼女の目に同時に入りました。
「あ!」とあたしが小さく声に出すと。
「これ、行きたいですよね、インドの仏!」
え? え? 
インドの仏? え? インドのイム、じゃないの?
「あ、あ、そうですよね。あたしも行きたいと思ってます、インドの仏!」
そ知らぬふりで相槌を打って、よくよくポスターを見ると…
「インドの仏(ほとけ)」
と、小さな小さなルビがふってありました!

だよねぇ~!
そうだよねぇ~!
インドのイム、なんて何それ? ですよ。
馬鹿だなぁ、よかった変なこと言わなくて!

彼女と別れてから、一人ニヤニヤしながら歩きました。
でも、ちょっと残念。
インドのイム。



※写真は、以前訪れたネパールで撮ったものです。
 あたしの大好きなネパールの人たちのために、静かに祈りたいと思います。

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町のお巡りさん

2015-04-08 09:04:51 | 日記

朝。
ベッドから出る前にiphoneをズルズルと見るのがあたしのお目ざめ儀式。
当然寝ぼけまなこ状態なのです。

いつものようにface bookを開いてスクロール。
山登りグループの投稿をつらつらと眺めていたら…
「刺青」の文字が!

実はその昔、ある青年の背中にある素晴らしい刺青を見せてもらったことから刺青に対する抵抗感が薄れていました。
彼曰く「刺青は芸術なんです。刺青=やくざ、と決めつけられるのは悲しいです」
との言葉にも影響されていたのでしょう。
だって、彼は全くの普通人だったのですから。

で…
つい、思わず「刺青」をクリック!
実は…
んん~、でもなんで山の投稿サイトに刺青?
という不思議感はあったのですが…。

じゃじゃじゃじゃ~ん~!!!!!!
いきなり画面が化けました。
全画面を彩った黄色と黒とがピカピカ! カンカン! 反転して光りまくっているのです。
うわわわわっ!

一気に目覚めたあたし。
飛び上がりました!
よく見ると、それは巷にあふれる有害サイト。エロサイト。
少ない脳みそで対策を必死こいて考えるのですが、パニックに陥っているので考えがまとまりません。
とりあえず、このサイトを何とかして閉じたい。

下の方へスクロールしていくと、
「間違って作動させてしまった人」用にみたいなボタンがありました。
ああ、これこれ。
そう、あたしは間違ってしまったのよ。
アダルトサイトに用はないの。見たくもない。
やっぱりね、間違える人いるよね。
あ~、でも良かった!
ちゃんとこうやって救済してくれるのね。
にっこり微笑んで、ボタンをクリックゥ~!

ジャン。
「このサイトを閉じて別のサイトを開きますか?」
「このまま先へ進む」
みたいな意味のボタンが二つ。現れました。
え?
「間違えた人」ってことは、閉じたいわけですよね。一刻も早く、なかったことにしたい。
そう思ってるのに、なんで先に進む?
別のサイトってことは、face bookですらなくなっちゃうってことでしょ?
いやいや、いくらおバカなあたしでもこれはちょっと承服しかねます。

で、また元のチカチカ、ピカピカ、テカテカ画面に戻る。
あ~、この画面を見ているだけで十分脅迫されている感じ!
「おめえ、ここまできたらただじゃ帰せねえぜ。きっちり落とし前つけてもらおうじゃんか。
はやくこっち来な!」
こんな時に、優しい夫やかわいい子どもでもそばにいてくれたなら…
「ああぁ~ん、どうしたらいいのぉ~、助けてあなた!」
なんて縋りつけるのに。
今のあたしには縋りつける人はいない。
あたしは一人ぽっち。
誰も助けに来てくれない。
ああ、ああしは一人。

そうだ!
お巡りさんがいる!
町のお巡りさんがいるじゃあないの!!
困ったときのお巡りさん、あたしを助けてぇ!!!

あたしは激しく点滅している一見末期症状ぽいiphonの画面をそのままにして、
ダッシュで着替え、サンダルで外へ飛び出しました。
歩いて3,4分の交差点にある交番へと走ったのです。
きと、きっと町のお巡りさんなら何とかしてくれる、助けてくれる。

交差点の反対側から交番を見ると…いました、お巡りさん!
が…
がぁん…
交番にいるのは、確かにお巡りさんでした。
でしたが…
白髪頭のおじいさんお巡りさんなんです。
白髪頭のお巡りさんが、しょぼんと背中を丸めて椅子に座っていたのです。
その姿を見たとたんに、あたしの足は交番を通り過ぎていました。

だって、だって、白髪頭のお巡りさんはあたしの想定外だったのです。
町のお巡りさんは、背筋をピシッとのばして凛々しく交番の前に立っているワカメンのはず。
今どきの若いお巡りさんなら、ネット関係のトラブルもお手の物!
のはずなのに…

予想だにしなかった、背中丸い白髪頭おじいさんお巡りさん。
ネットトラブルに対処できるとは正直期待できない。助けてもらえない。
「そのようなトラブルに関しては、本官も対応しかねます」
なんて言われるのが関の山か…
ああ、そうしてあたしは悪の手にとらわれてしまうのか。
「町の~お巡りさん、困ってしまってワンワンワワ~ン、ワンワンワワン」

いやいや、でも。
どっちみち一人じゃどうしたらいいのかわからないんだから。
ええいっ、ダメもとだぁ!
やけっぱち気味に踵を返すと、意を決して交番に入りました。
「すみません、あの、iphonがこんなになっちゃったんですけど」
と相変わらずチカチカ、ピカピカしているiphonの画面をおじいさんお巡りさんに見せました。
「ん?」
と、その画面をのぞき込んだおじいさんお巡りさん。

「あ、もう、そのまま閉じてしまいなさい」
ときっぱり言ったのです。
え? え? え?
そんな大胆なこと。
そんな簡単なこと。
ほんとですか?
「え? ほんとですか? 閉じちゃっていいんですか? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。何もしないことです」
またしてもきっぱり背中丸い白髪頭お巡りさん。
ああ、それなのに…
いまいち不安感がぬぐえないあたし。
「え? このまま? 本当に閉じてしまっていいんですか?」
としつこく食い下がりました。
食い下がりつつ、お巡りさんの胸元にある名札を食い入るように見入ったのです。
言うとおりに閉じてしまって、あとでなんか変なことになったらこのお巡りさんの名前を出して訴えちゃうよ。
全く…自分がしでかしたことなのに、明らかな責任転嫁。

背中丸い白髪頭お巡りさんの毅然とした言いっぷりは変わりません。
と、胸元の無線がガァーガァーがなりたち始めました。
何やら連絡事項のようです。
「ほんとに、このままでいいんですね? 閉じちゃって、何ともないんですね?」
無線に応答したいお巡りさんのことなどお構いなくしつこく絡みつくあたし。
それ、公務執行妨害じゃない?
そんなあたしに、お巡りさんは怒ることなく、でも一本調子にきっぱりと同じ言葉を繰り返すのでした。
「そうです。こういうのは何もしないことです」
安心した、というよりなんだかあきらめたあたしは「はい」と言って素直に閉じました。
iphonの脅し画面は消えてなくなりました。


あれから一か月近くたった今。
怪しい世界からのコンタクトはありません。
やっぱりあの背中丸い白髪頭お巡りさんの言うことは正しかったのでしょう。
さすが町のお巡りさんです。
外見だけで決めつけたあたしは大いに反省するべきです。
「ていうかさ、そんなことでわざわざ交番に行く?」
とも言われましたが…。
何を言われてもいい。
今回のことで町のお巡りさんが身近に感じられたんです。
お巡りさんは、若くても白髪でもお巡りさんなんです。
ありがとう、お巡りさん!!

※写真のお巡りさんは、中国のお巡りさん。イケメン、キリリ! でした。
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にっぽんしゅ

2015-03-22 17:09:49 | 日記

ずいぶんとご無沙汰をしてしまいました。

さて…

最近、新潟に行く機会が多くなりそのたびににっぽんしゅを買って帰ることも増えました。
何気にラベルを見ていたら、
醸造アルコールという文字を見つけました。

なんですか? これ?
そういえば以前、酒好きの人がラベルを眺めて
「ああ、醸造アルコールか…」
となんだか、がっかりしたような、ちょっと馬鹿にしたようなつぶやきをしていたのが妙に気になっていたことを思い出しました。

「醸造アルコールとは、日本酒を作る過程でもろみを搾って酒と酒かすに分ける上槽の直前に投入されるもので、原料はサトウキビが多い」
と、日本経済新聞の記事(2013.2.10)にありました。
サトウキビの搾りかすを発酵させて何度も蒸留させてできたアルコールで、無味無臭…とも書いてありました。

つまり、
日本酒は米と水だけで作られているのかと思っていたら、それに醸造アルコールを加えて作った日本酒もあるということでしたぁ!
醸造アルコールとは、食用に用いられるアルコール分(エタノール)とも、どこかに書いてありましたぁ!
知らなかったなもう!
加える目的は、
防腐のため、香りをたたせて軽快な味わいを出すためだとか。
本醸造、吟醸、大吟醸と呼ばれているものには、添加数量は仕込み純米(白米)の重量の10%以下に限られていているとか。

戦中、戦後のコメ不足の時代には増量目的でかなり添加されたようです。
近年では、醸造アルコールを添加していたのに、純米酒を偽って販売していた酒造会社もあったとか。
かなりイメージ悪い。

なんかなぁ…
添加物、とか聞くとちょっとがっかりしてしまうような。
やっぱり純米酒でしょ!
と、生意気にも言ってみたい。
が、しかし。
残念なことにあたしはそこまで日本酒の味はわからないのでした。
辛口、甘口の区別とすっきり呑みやすい、まったりした感じ…とかそれくらいしかわかりません。

にっぽんしゅをこの先もたしなんで、もっと味がわかるようになってきたらまた感じ方が変わってくるのかもしれません。
とりあえず今は、
「美味しいな!」と思えるにっぽんしゅに出会って、楽しめればいいかな…と。
ラベルを見た時に、
「ああ、これには醸造アルコールが添加されてるのね」
とわかっていればいいかな。
うんうん、知らなかったことがわかったというだけで嬉しいなぁ。

多分、いま、うちには純米も醸造アルコールのものも入り混じってあるはず。
どれ、味比べなんぞちょっとしてみますか!?


                 
                 写真は、見学させてもらった酒蔵 今代司 
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あ~あ…!

2014-07-08 20:15:30 | 日記


他人の過失を見るなかれ。
他人のしたことと
しなかったことを見るな。
ただ自分のしたことと
しなかったことだけを見よ
「仏陀の言葉より」

他人を、非難したり、中傷したり、意見したり、人と自分を比べて優越したり、卑下したりしがちなものです。
そのような行為で心に傷を受ける人も多くいます。それは大抵は攻撃欲を満足させる我欲であり、拳の変わりに言葉などを使っている暴力に過ぎないことが多いものです。
他人の過失をみる前に、先ずは自分をちゃんと見ないといけないですね。


上の文章は、Face Bookに時々アップされる「タイの瞑想」からのメッセージです。

これを見た時、なんというタイミング!
と正直おののきました!?

近頃のあたしは、楽しいことや嬉しいことが続いてすっかり有頂天になったいたようです。

いい気になって、まさしく「 他人を、非難したり、中傷したり、意見したり…」
していました。
よく言えば歯に衣着せぬ、ということらしいですが…。そんなおだてに乗ってしまうあたしが馬鹿なのです。
自分はできないのに、言いたいこと言って。

そしてあたしは大失敗をしたのでした。
自分でもびっくりの大失敗! 参りました!!

反省しろよ!
ということです。


自分の言動が調子よく行っている時こそ、一歩引いて自分の言動をよく観察すべきですね。
こういう失敗は過去に何度も繰り返しているはずなのに…よっぽど学習能力がないのか。
忘れないように、紙に書いて家の目につくところに貼っておこうかと考えたのですが…。
あれもこれも、この言葉も、こんな戒めも…いろんなものを貼らなくてはならなくなりそうで、そうすると家中貼り紙だらけになりそうです。

とりあえず、今回のことはよく反省します。
そして、また
「タイの瞑想」さんからのメッセージを期待して、それをしっかり心に刻んでいきたいと思うのです。
あ~、なんか他力本願かな。
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消されゆくチベット!

2014-05-09 09:43:17 | 日記


昨年秋、梅里雪山のふもとまで旅をする機会がありました。
山のふもとの村に宿泊して付近を歩き回り、梅里雪山の崇高とまでいえる山容を見る。
そこでチベット文化と仏教に少しばかり触れることができました。

今年6月、チベット カイラス巡礼の旅に出る企画があり参加を決めていたのですが、
中国政府からの許可が下りず、10月に順延になっています。
今年はカイラス巡礼の干支に当たる年なので、より一層のチベット人巡礼者が集まることが予想されています。
中国政府は、なるべくチベット人と外国人を接触させてくないとの思惑から許可を出さないらしい…。
という話も聞きました。
さらに!
その巡礼を望んでいるチベット人にさえ許可を出さない、という話も耳にしました。



それは最近読んだ渡辺一技さんの本『消されゆくチベット』(集英社新書)にありました。
中国政府はチベット語さえも抹殺しようとしている。
チベット自治区での村の標記もチベット語ではなく漢語にし、チベット人の氏名標記も漢語しか認めようとしなくなっている。
学校教育での文字の学習も、漢語だけにしようとしている。
そのために学校を統廃合している。
地方の村の少人数の学校は廃校とされ、遠くの町の学校へと子どもたちを通わせる。
当然通いきれないので寄宿生活となり、そこでは漢語だけの教育がなされる。
寄宿舎も狭くて不衛生(一つのベッドに二人、あるいは三人も寝かされる)なことが多いと書かれていました。

チベット人でありながら母国語を学ぶ機会はおろか、使うことも許されない。
子どもたちは母国語を学ぶ機会も与えられずに、知らないうちにほかの言語を刷り込まれてしまう。

あたしが、自分の名前をほかの言葉で言いなさい、書きなさいと言われることです。
日本語でしゃべらずに、ほかの言葉でしゃべりなさい、と。
日本語でしか言い表せないものをなんと表現すればいいのでしょう!?
これは文化の消失です。
日本がなくなるのと同じこと。

チベットもなくなろうとしている!
恐ろしいことだと思います。
自分の利益のために他人を貶める行為と同じことを、どこかの国はしている。

さまざまな心痛む出来事を目の当たりにして憤りと悲しみが増す日々が続いています。


ふと、昨年秋のその旅でのことを思い出しました。
宿泊していた村には、小学生年代の子供たちを全く見かけません。
いるのは、4、5歳くらいまでの幼い子供たちばかり。
「村の子供たちは、もっと離れた大きな町の学校で寄宿生活を送っています」
との説明に、そうなんだ! うなずきました。
子どもたちは偉いなぁ、そんな小さいころから親元を離れてしっかり勉強しているんだ!
この国の教育もかなり進んできているんだなぁ!
と感心したものです。

帰りに通りかかった徳欽という大きな町の中にその学校の一群があり、宿舎と思われる建物も見ました。
外観はまだ新しい感じの立派な建物です。
なるほど、こういうところで近代的な教育を受けているんだな…と…。

もしかしたら、本にあった学校の現状、まさしくそのものだったのでしょうか?
訪れたところは雲南省なので、本に書かれていたチベット自治区とはまた状況が少し違うかもしれません。
それでもなんだかとても心配です。


昨秋、山を観たいとノホホンとその地を訪れ、ノホホンと景色を眺め、ノホホンと過ごしてきてしまった自分が恥ずかしい。

もし、本当に秋にカイラスを訪れる機会が来るとしたら、あたしは一体、何をしに行くのだろうか…。


                                             

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