私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―岡田家の九条藤

2012-06-12 10:22:18 | Weblog
 万五郎親分に引きずられるようにして、小雪は初めて岡田家の敷居をくぐりました。その軒場いっぱいに紫の懸け幕が張り巡らされ、京の九条家のご紋「九条藤」が、左右に一対、大きく白く浮き立っています。これも、又、仰々しく九条家の下がり藤の紋が黒々と入った吊提灯が軒下に数個下げられており、その提灯が後ろの懸け幕の紫に映えて如何にも神々しさを物語るかのように生え映っておりました。
 京の九条家といえば、摂家で近衛家に次ぐお家柄であり、庶民の生活とは関わりない特別の天上人であり随分と近づきがたいお公家さんであるという事は小雪でも知っています。でも、どうして、あの京の九条家のご紋が、こんな備中宮内みたいな鄙の場所に掲げてあるのだろうかと何となく不思議に思いながら一歩、一歩と歩を進めていきました。
 「どうぞこちらへ」という乾児さんの案内で岡田家の玄関を上がります。自分が天井か何かに押しつぶされてしまうのではないかという、そんな緊張した気分になって、じっと下を向いたまま、親分さんの後を、ただ付いて、槫縁(くれえん)の一直線に伸びた板に沿って、恰も、その板から一歩も自分の足を踏み外さないかのように真直ぐに歩いていきます。
「親分、連れめえりました」
「ああ、へえりな」
 熊五郎大親分らしいお方の、流石と思わせるようなそこら中を圧倒するような低い、これがどすがきいているというのかしらと思えるような声が静かな部屋の中じゅうに流れます。その声に圧倒されるように、小雪は小さくなった体を余計に小さくしながら、万五郎親分の後ろに従います。
 あの堀家家を尋ねて以来の緊張で、何か胸のあたりが急にきりきりと舞いあがるほとの痛みを覚えながら、それでも静々と、ただ、万五郎親分の後に添い、敷居をそっと一,二歩跨たぎ、その場にきちんと正座して、
 「よろしくおたのみもうします」
 と、慣れないお江戸言葉で、やっとこれだけの声が小さく響きます。ただ後は、遊び女という引け目に今日も又苛まれながら、深々と畳に擦り付けるよう頭を下げておりました。周りの様子など一切小雪の目には入りません。

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