私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ーめのさめるようにきれいよ

2012-07-21 09:35:49 | Weblog

 「あんなに仰山のお客はんの前で」と、思うと心がますます痛み、寸前になってもやっぱり、なんにもない空っぽの心を舞い取る事は、「どないして」も出来るように思いません。体中がぶるぶると震えます。やっとの思いで、自分の楽屋に、遠慮そうに小さく「おはようさんどす」と、こそっと入りました。
 部屋に入ると、もう、お化粧の顔やさんや衣装を担当して下さる衣装屋さんのお姐さん達も待ち構えるようにして迎えてれます。早変わりの為の早ごしらえの衣装付けは、菊五郎さまの計らいで若女形の中山一徳さまが、特別に、お江戸よりおくだり下さり、やってくださると言う事です。
 化粧から髪型と順次、小雪の舞台衣装の用意が、順次、整っていきます。想像していたより随分と重い花魁の鬘が頭にすっぽりと被せられました。その時です。あのものすごい胸の痛みが小雪を襲います。息を整えながら、目を閉じて、今回も痛みが通り過ぎるのをじっとまちました。何回か深く息をして居るうちに痛みも、何時ものようにすっと和らいできました。一徳が、小雪の楽屋に見えた頃には、嘘のように痛みが消えていました。
 下帯をきりりと絞め込みます。どう着付けなさるのかも分りません。右だの左だのと、手間の随分とかかる着付けでした。お江戸の沢山のお役者さまや衣装屋さん達の、昔から「ああでもない、こうでもない」と、長い間のご工夫があって、今が出来上がったのだと、一徳は、丁寧に小雪の心が分かるのか、江戸の雑談話などしながら、ゆっくりと、しかも手慣れた手つきでてきぱきと着付けていきます。着せてもらっている自分でさへ、一徳の手練に驚かされ、その口から自然に漏れ出る錦絵でも見ているような、まだ見ぬ遠いお江戸の話を聞きながら着付けを受けると、不思議なことですが、着付けが仕上がれば仕上がるほど、それまで、あれほど張り詰めていた心が、なんとなくふっとどこかへ消え去ったように思えるのです。
 できあがった小雪の姿を見て、それまでは、出来上がるのをじっと見つめているだけでした須香が、惚れ惚れと
 「まあ・・・・・小雪ちゃんきれいだ。ちょっと向こうを向いて・・・・めのさめるようにきれいだよ。・・・・真木は、どうしたんでしょうね本当に、もお」
 とか何とか言って、辺りをきょろきょろと見ています。