久しぶりに筆敬氏から例の通りのメールを頂きました。
「<当百>とけえてあったが、ありゃあ何じゃ」
といわれるのです。「何だ。こんなこともしらんのんか」と、聊か我が自慢顔がのぞきます。<当百>なんて何の事だか、興味ないお方にはてんで見当もたたない事だと思います。
一寸この写真を見て下さい。天保通宝の裏面です。この中に<当百>と云う字が見えます。
当百とは、天保通宝の別名です。あの一文銭、寛永通宝100枚に当たると云う意味で。百文に値打ちがあると云うので、当時は、天保通宝と云わないで、当百と云っていたのでした。
ということは、仙果先生、自分の手拭を拾って持ってきてくれた子供に天保通宝一枚ぐらい、今のお金にすると、いくらになりましょうか。1000円ぐらいにはなるのでしょうか???与えればよかったと後で悔やんだと云うのです。
なお、この天保通宝には、その含まれている銅の値が100文にもならないために、実際には、それより安価で取引されたと云われています。その為、作ればもうかることうけあいでしたから、財政難にあえいだいた多くの藩では、自らの藩で計画的に、しかも、積極的に、この贋天保通宝を大量に造幣したともいわれています。
どうですか。これは偽ドル札を作ったあの北朝鮮の政府のやり方とよく似ていますよね。世界史的に見れば、日本だけではなく、過去には、此の国を挙げての贋金つくりの政策は、ヨーロッパの国々でも盛んに行われていたと云われています。こんな歴史的な経緯をたどれば、一概に、現在の北朝鮮だけを「悪の根源」だと云って非難することも出来ないのではないでしょうかね。良い悪いは別にして、そんなことを思うのですが。